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2003.10.13


第1話 スカウト(1)



 その日は休日で、何の予定も無かったので1日寝ていることにしていた。
 しかし、俺様の安眠を邪魔をする来客を告げる呼び鈴が鳴り響く。
 眠い。無視しよう。

 15分後。
 いまだに呼び鈴は鳴り続けている。
 うるさい。
 俺様の貴重な睡眠時間を奪う不届きなやつは誰だ。何かいらないもんのセールスマンなら焼きを入れてやらねばならんな。

 うるさいセールスマンをボコにしようと思い、玄関へ向かう。
 「なんか用か? ボケが。」
 んなことをほざきながらドアを開けてやる。野郎ならボディーブロー、女なら気絶させてレイプだな。(←訴えられたら面倒なので本当にやっちゃダメよん。)
 『おはようございます。』
 相手は2人だった。それは予想外だったな。しかも2人とも美女だ。
 「エル様! 私たちの組織へ力をお貸しください!」
 先に長く綺麗な黒髪のすらっとした美女が1歩踏み込んでくる。
 「ダメェ! あたしたちの所に来てよ!」
 続いて黒髪の女を押し分けるようにしてもう1人のブロンドのショートカットで丸い顔の可愛い女が踏み込んでくる。
 「何事だ?」

 俺様、エル・ハウンディーアは某ソフトウェア開発の会社に勤める極平凡なサラリーマンである。 ついでに年までばらしてしまうと23歳だ。
 3流大学を卒業後、22歳で就職し、入社1年目だ。 すでに働くのが面倒くさくなって転職しようかななんて考えている今時の若者だ。

 「はい、申し送れました。私は世界統合推進グループBlack Horse、通称“黒馬”所属のセラ・ベルガナと申します。 エル様の力を我々、黒馬に貸していただきたく参上いたしました。」
 俺様の力? 何か変わったところがあったかな?
 「あ! あたしは世界平和を目指す正義の味方Lightning Eagleかっこ雷鷲)のリリス・アーツァブスって言います。こんな黒馬なんて悪の組織にエル様の力を貸すより、私たち正義のためにエル様の力を使ってください!!」
 うわ、正義の味方なんて真面目な顔で言って恥ずかしくないのか?
 「雷鷲なんて偽善者集団より私たちの崇高な目的のためにエル様の力をお使いください!」
 ずいずいっと女2人が玄関へ踏み込んでくる。
 「で、何事なんだ?」
 いまいちこいつらが何を言っているのかわからん。
 「ぶっちゃけ、エル様をスカウトしに来たの! ぜひ! うちに来てください!」
 スカウト? こんな可愛い女の子をスカウトに送り出してくるほど俺に何か特技なんてあったか?
 「とりあえず、何のことかよくわからんな。説明していただけると助かるな。」
 「? エル・ハウンディーア様でいいんだよね?」
 にゅ?っと丸い顔の子が首をかしげている。
 「まぁ、確かに俺様はエル・ハウンディーア様々だが。」
 様々はさまさまと読む。様と言うやつの上位だ。
 「私はエル様が魔法研究の天才と聞いてきました。どうかエル様の力を我々、黒馬の世界統一のために使わせてください。」
 魔法?
 「ああ、魔法研究か。あれはただの娯楽で趣味だぞ。」
 どこかに発表したり、人前で使ったりはしていないはずだが・・・。 あ、この前、新聞のセールスマンをボコにした時に見られたか? それとも街でナンパした時に使ったのを見られたか?
 「しらばっくれてもダメよん! ちゃんと調べはついているんだから。魔法書の個人研究で実用段階まで開発できたのってエル様だけなんだからね! ささ! その力で私たち雷鷲とともに世界を平和へと導きましょう!!」
 あ、なんかそんなこと聞いたな。某有名国立大学でやっと魔法による氷の精製(水の温度を下げて凍らせるやつ)に成功したとか、どっかの有名企業の研究チームが火炎魔法の発動に成功し、5年後を目処に実用化させるとか、新聞に色々と出てたな。
 まぁ、俺様はさらっと10年前にそんなこと実現させてしまっているから、俺様ってすげぇなぁ、とかって思っていたのだが、個人研究で実用段階になっているのは俺様だけだったのか。気付かなかった。
 「で、この稀代の天才大魔法研究家様々々であるエル・ハウンディーア様々々々の力が欲しいと。」
 自分の名前に普通、様はつねぇ、とか言わんぞ。誇る時は思い切りつけるぞ。
 「はい、有史以来最大の大天才にして唯一の天才魔法研究家様々々々々であらせられるエル様々々々々々のお力を我々、黒馬はどうしても欲しいのです。」
 このねぇちゃん、澄ました顔して俺のしゃれがよく分かっているな。ちゃんと様の数を増やしてくれているし。
 「黒馬なんて悪の軍団に力なんて貸したらダメよ! エル様々々々々々々々々々々々々々々々々々々々、ふぅ、みたいな凄い力は世界平和のために役立てなくちゃダメです!」
 いくらなんでも繋げ過ぎ。最後まで一息にしゃべれてねぇし。
 「世界平和なんて俺の知ったこっちゃないのだがなぁ。」
 世界人口100億を超えた現在では宗教、思想、経済、貧富などなどの理由で人々の間のいざこざはなくならない。
 「雷鷲なんて偽善者集団なんかエル様には似合いませんわ。」
 くいっとさりげなく黒髪の女が腕を組んでくる。腕に当たる胸のボリュームが凄いなぁ。後でじっくり揉んでみたいなぁ、なんて。
 「あたしたちは偽善なんかでやってないですよぉ! あたしたち雷鷲はこのすさんだ世界を真の平和へと導く活動をしているんです! 黒馬みたいな悪の軍団にエル様が力を貸すなんてことになったら大変ですよ! やっぱりエル様みたいに凄い人は世界の平和のために貢献するべきです!」
 すかさず丸顔の子も腕を組んでくる。こっちの方がでかい。マジでかい。
 『エル様ぁ〜。』
 2人同時にそんな甘い声で囁くんじゃない。股間のモノが元気になっちゃうじゃないか。
 「エル様が黒馬に来てくれるのでしたら、私が助手として身の回りのお世話を何から何までさせていただきますわ。もちろん夜も・・・。」
 ふぅっと黒髪の女が耳元で息を吹きかけるように囁いてくる。
 「よ、夜もなんて不潔!! エル様!ダメよ! こんな悪女の誘いに乗っちゃ! 骨までしゃぶられて、人生の終わりですよ!!」
 と言いつつお前もそのでかい胸をぐりぐりと押し付けてくるなよ。
 「私、初めてなんです。その時は優しくお願いしますね。」
 耳たぶに唇が触れてる。てか、初めてってあれか! バ○ジンってやつか! この丸顔の女も初めてっぽいけど。
 「うえ〜ん! エル様ぁ〜、黒馬なんてダメぇ〜。」
 ギョムゥ! 色仕掛けの次は泣き落としか。童顔のその顔でウルウルされると飴をあげたくなるじゃん。
 「黒馬の研究室には私の他にも可愛い子や美女がたくさんいますのよ。例えばこちら、シャロンさん。エル様が所属予定の研究室で研究員をやっていらっしゃいます。」
 ぶ! 露出度高いなぁ。胸がでかいくせにきわどい。太腿も凄いスリットだな。なんて色気だよ。
 「ええ〜ん! あたしのエル様はそんな不潔じゃないです!」
 あたしのって何だよ。しかも女好きで紳士とは言い難いぞ。
 「はっきり言ってしまいますと、私たち黒馬は俗に言う悪の組織です。ですから、違法行為はやりたい放題、人体実験もOKですよ。」
 ついに悪の組織って名乗ってしまったな。人体実験か。やってみたいな。特にこの丸顔の女なんていい実験体になりそうだがな。
 「ダメだってばぁ〜! 犯罪は罪ですよ! 1つの罪で人生はめちゃくちゃになっちゃいますよ!」
 パン1つを盗んだだけで30年も牢獄にいたなんて話もちらほら。
 「手始めにこの子を実験体に連れて行くなんてどうです?」
 手始めってなぁ。丸顔の子がビクッと怯えてしまうし。
 「ダメダメダメダメです!! 悪に手を染めちゃダメです! エル様みたいに凄い人は正義じゃなくちゃダメです!」
 いや、悪もいいと思うが。
 「んで、俺がお前らのスカウトを受けたとしてその報酬はどんなもんなんだ?」
 現在の収入は月収20万弱。その内半分は税金とか奨学金の返還とかで持っていかれ、さらに家賃を払って5万くらいしか残らんのだ。ステーキが食いたいなぁ。
 「あたしたちは月100万に加えて年に20億の研究費を用意しています!」
 うおお! 雷鷲は今の5倍に研究費20億か! ステーキが食える。
 「私たち黒馬はエル様の研究費に組織収入の10%を提供します。今の状態ですと年間100億〜200億。エル様のお力添えがあればその10倍、20倍は軽く行くと思います。研究室のスタッフの給料を全て含むわけですが、月に一千万はキープできますね。」
 高級実験道具使い放題!! 美人の助手付! 違法行為OK!
 「黒馬に行きましょう!」
 金と女に目が眩んだ。
 「いやあああ!! エル様!! ダメェーー!!」
 悪いな。俺様の好みはブロンドのカワイ子ちゃんより黒髪美人だ。
 「よし! 早速、実験体の確保!!」
 しゅびっと懐から奇妙な絵柄の書かれたお札らしき物を取り出す。
 「やああ!」
 丸顔の女が地面に何かを叩きつけると同時に物凄い煙が視界を奪う。煙玉か!
 「逃がすか! 呪縛呪符!!」
 お札に魔力を注ぎ込み、魔法を発動させる。
 「きゃあああ!!」
 女の悲鳴! 捕らえたか!
 「ふっふっふ。俺様の呪縛呪符は相手の体を瞬時に麻痺させ、身動きで気なくする効果があるのだ。」
 なかなか便利な魔法だな。
 次第に煙が晴れて、視界が広がってくる。
 「がーん! 捕まったのはお前かよ!」
 呪縛呪符に捕まっていたのは黒髪の方であった。
 「ちぃ、逃げられたか。」
 ベリッと黒髪の女から張り付いたお札を剥がしてやる。
 「しばらくは上手く体が動かせないが、後遺症は無いから安心しろ。」
 とりあえず、玄関前にころがしておくのもなんなので中に運び込む。


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