「風呂入りてぇなぁ。」
あの盗賊の襲撃後、数時間で日が沈み、野宿となった。
「私も。」
見渡す限り荒野だ。泉や川すらない。ちょっとした岩山のふもとでキャンプを組んでいる。
「腹も減った。ご飯もらって来い。」
と、主人に命令する従者。相変わらずだな。
「しょうがねぇなぁ。」
なんかいい匂いが漂ってきたのでふらふらっと匂いの元へつられていく。
「おお、にぃちゃん。もうちっと待っとけ。もう少しで煮えるからな。」
頬と目の上に傷の痕がついた人相の悪いおっちゃんが白い三角巾を頭に巻き(髪の毛ねぇじゃん)、
ピンクのエプロン(フリフリ付)をつけて、でかい鍋を掻き回している。
鍋の周りには空のおわんとスプーンを構えて腹をすかせたこっちも人相の悪いおっちゃん達が取り囲んでいる。
昨日も思ったが、この料理がめちゃくちゃ美味いのだから不思議だ。
煮え具合を確かめるべく、エプロンのおっちゃんが1つ食べてみる。美味そうな顔からして出来上がったようだ。
「よし、できたぞ。わんをよこせ。」
うひょぉ! っという歓喜の雄叫びを上げて鍋を取り囲んでいたおっちゃんたちが列になる。なんか人相の割りに腰が低い。
俺もわんを2つ持って列に並ぶ。あの拾った女のことはこの人相の悪いおっちゃん供には秘密にしている。盗賊の仲間とか言って何されるかわからないからな。だからおわんは2つだ。
俺が一番後ろだけど、俺の前に並んだのは6人だ。一団の仲間が3人、見張りに出ている。
「おせぇよ! 今日は魔法使って腹減ってんだからなぁ!」
おわんを持っていくとシルビアがほえてくる。腹をすかせた子どもか? お前は。
「ほれ、持ってきてやったぞ。こういう雑用は普通、従者のお前がやると思うのだが・・・。」
シルビアは俺の持ってきたおわんを受け取る(奪う)と俺の言葉を無視しておわんに向かって何か呪文を唱える。昨日もやっていたが何をしているのか。ここの世界で言ういただきますの様なやつか?
しばらくおわんの上に手をかざして呪文を唱えているとふと青い光が出たような気がしたが、すぐに手を引いてしまって確認できなかった。
「おい、食っていいぞ。」
シルビアが不意に俺の方を向いて言う。そりゃ食べるさ。
「なぁ、何やってたんだ?」
疑問なことはすぐに解決するに限るからな。
「毒が入っていないか魔法で検査してた。」
なるほど。
「結果は安全と。」
シルビアがにこっと笑っておわんに口をつける。
「起きたか。」
拾った盗賊の女が意識を取り戻したようだ。俺の声にびくっと反応してかけておいた毛布を頭にかぶって隠れる。完璧に怯えているな。まぁ、無理もないが。
「とりあえず、喰っとけ。」
もう冷めてしまったが夕飯をおわんに1杯残しておいた。まぁ、冷めても美味いだろう。
警戒しているな。全く動く気配なし。
「ちぃ。俺は一也でこっちがシルビアだ。今はあいつらの護衛の仕事をしているが、フェスレドに着いたら分かれる予定だ。」
とりあえず、自己紹介して警戒心を解かせよう。
「ま、荷物を守る仕事上、反撃したが、先に矢を撃ってきたお前らが悪いんだからな。」
全く警戒を解かないな。
「ぶっちゃけ、こいつがシモの世話をしてくれねぇから代わりに世話をさせようと思って助けたんだ。」
シルビアが俺のセリフに一瞬、睨んでくる。さらに俺を殴りたいのか背中に拳を隠している。
「逃がしてくれるんだったら抱かせてあげてもいいけど。」
と、毛布を頭からかぶったまま盗賊の女が言う。
「お! マジ?! ラッキー! いただきます。」
盗賊の女を押し倒そうと立ち上がろうと思ったら、シルビアに服のすそを握られて立ち上がれなかった。
「貴女、そんなことしなくてもいいのよ。私達は貴女に危害を加えることも、拘束することもしないわ。行きたければ行ってもいいのよ。」
シルビアが猫かぶりモードだ。シルビアの万人をだます輝く笑顔で言う。
「そうなの? それじゃ、行っちゃうよ。」
盗賊の女が毛布を置いて立ち上がる。
「待て。この辺りはなんかモンスターが多いから、夜が明けてから行け。」
実際、この位置から光るモンスターの目がいくつも確認できる。
「・・・。」
盗賊の女もそれに気づいて、このまま立ち去ろうかと迷っているようだ。
「それと、これを喰っていけ。捨てるのなんてもったいねぇから。」
盗賊の女に冷めたスープの入ったおわんを突き出す。元々こいつに食べさせるつもりで残しておいたものだ。
「何か薬とか盛ってあるとか?」
盗賊の女が警戒して2歩下がる。
「薬なんて盛らなくてもやる時は力ずくに押し倒せる。」
いや、運動不足で最近、動き始めた俺の力と、盗賊家業で鍛えられている向こうでは向こうの方が力があるのではなかろうか。
「・・・。」
警戒しているな。
「大丈夫よ。何かするのなら貴女が眠っている間にもうしているはずでしょ?」
シルビアがにこっと笑顔を向ける。
女が腕を組んで考え込んでいる。ふと、何かに気づいたのか、腰の辺りをさぐる。
「私の腰につけていたナイフやバッグは?」
そう言えばな。
「そこだ。」
女の寝ていた頭の上辺りに置いておいたのだが、飛び起きた時に転がってしまった様だ。なんか岩陰に落ちている。
女はそれを拾い上げ、腰にセットする。
「寝かせる時に邪魔だったから取ったんだ。」
シルビアがな。俺が触るとこの子に失礼よ、とか言ってな。
「ナイフは無事、財布も無事・・・。」
盗賊の女が腰につけたナイフやバッグの中身を確認している。何も盗ってないぞ。
「じゃ!」
盗賊の女が走り去っていく。あ〜。
盗賊の女がいなくなって2人きりになってしまった。シルビアの猫かぶりモードが解除される。
「この下衆が。仮にも聖剣の勇者のお前があんな娼婦なんて抱いてどうすんだよ! あんまり下品なこと言ってっと、股間にぶら下がってるもん、切り落とすぞ!」
あうぅ。そんな綺麗な顔でそんな下品な言葉遣いしなくても・・・。
背中で握っていた拳が待ってましたとばかりに俺に振り下ろされる。座ったまま腕の力だけで叩いているから大して痛くない。ポコポコと何回も叩いてくる。
「いてぇよ。全く、お前が俺を独占したいと言うのは分かるから素直に俺に抱かれろよ。」
ポコポコ殴る手をぺしっと払って抱きついてみた。暴れるかと思ったが、意外と素直だな。
「・・・・・・。」
ん?
「あ、う・・・。邪悪なる我が敵よ。我が前より退け。」
!
シルビアの体から強烈な衝撃波が放たれる。シルビアの体から引き剥がされ、吹き飛ばされてしまう。
「うっひょぉお〜! ぐぇ!」
硬い地面に叩きつけられる。全く、素直じゃねぇなぁ。
「紅蓮の炎よ! 我が前の敵を焼き尽くせ!!」
シルビアの前に巨大な火球が出現する。マジか!!
「死ね。」
のおおおおおおお!!
巨大な火球は俺に向かって放たれる。避けなきゃマジで死ぬ。間一髪で地面を転がって交わす。
「お前! 主人の俺を殺す気か!」
シルビアがこっちを睨んでいる。その顔が赤いのは地面に燃える炎のせいか。
「お前みたいなガキが私の主人のはずない!」
シルビアが毛布を持って向こうに行ってしまう。
「・・・。まぁ、俺も信じられないけどな。」
岩に立てかけて置いてあった聖剣セケルステインを手に取る。
「聖剣ねぇ・・・。」
この暗闇の中でもその身は輝きを放っている。
「散歩でもしてくるか。」
しばらく放っておけば落ち着くでしょ。
シルビアの放った炎はすでに消えていた。元々地面に燃えるものがないのだからすぐに消えるのは当然だ。
歩きながらふと空を見上げると広大な星空が見える。見たこともないくらいの無数の星。雲の様に空中に浮かぶ島がその星空を遮る。
魔法、モンスター、聖剣、空飛ぶ島・・・。
俺の思い描くファンタジー世界そのままの不思議な世界。
これは夢なのか、現実なのか。この場にいる自分が信じられなくて頬を抓ってみるが・・・。
「痛い・・。」