荷物は無事であった。
またベタな展開であの魔法使いが囮で、キールたちがやられてしまったとか言ったらどうやって次の町に行こうかと思っていたところだ。
「飲んでるな。」
すげぇ。酒瓶が床にごろごろしている。しかも空になった酒樽がいくつも落ちている。
「おお、にぃちゃん! こっちに来て飲めや。」
顔を真っ赤にした人相の悪いおっちゃんが呼んでいる。
「おごりなら飲みます。」
ただ酒じゃないと飲まんぞ。
「ああ、おごっちゃる! 今日はここの酒を飲み尽くすぞ! がはははははは!!」
オイ。
と、言うことでおっちゃん達と酒を飲み交わす。花がないのがあれだが、まぁいいか。
「そう言えばお前、たいそうな剣を持っているが名のある名工の作品か?」
キールが酒で顔を赤くしながら聞いてくる。酒には強いのか口調はしっかりしている。
そう言えば誰がこの剣、作ったんだ?
「よく知らない。拾いもんだし。」
嘘ではない。
「ちょっと見せてもらっていいか。」
まぁ、いいか。
「重いから気をつけてくださいね。」
持ち上げられないほどにな。
横に立てかけておいた剣をテーブルに上げる。
鞘はシルビアが魔法で出した物を使っている。それほど派手な装飾はなくても趣味のいい豪華な雰囲気を漂わせている。
「それじゃ・・・。」
キールが柄を握って持ち上げようとする。
「ん?」
持ち上がらなかったのか柄を握り直して足を踏ん張る。
「ぬおおおおおおおお!」
全くびくともしないな。今、気付いたのだが、何でテーブルは無事なんだ?
「ぐはぁあ。なんて重い剣だ! この俺が持ち上げられないとは。」
ふ。選ばれたものにしか持ち上げることはできないのさ。
「次、俺。」
キールの隣に座っていたおっさんがキールと場所を代わって剣を持ち上げようとする。
「うおおおおおおお!!!」
無理だって。
その後、しばらく皆して剣を持ち上げようとがんばっていたが、誰一人持ち上げることはできなかった。
「うおおおお! 腕相撲で勝負だ!」
剣を持ち上げられずにぶちきれたおっさんが腕相撲の勝負を挑んでくる。その腕はハムみたいな物凄い筋肉をしている。
「ヤダ。この細腕で腕相撲なんてできるか。」
比べると1/3くらいの太さしかないな。
「つーことで、アバヨ!」
しゅたっとおっさん供から逃走する。
「お帰りなさい。だいぶ時間がかかりましたけど、何かに遭遇しました?」
部屋に行くとシルビアとニーナがキャイキャイ言っていた。シルビアが俺に気づいて声をかけてくる。
「下に行ったらおっさん供に捕まった。」
だいぶ酒を飲まされてしまったな。明日は二日酔いにならないことを願う。
「荷物は無事でしたのね。もう夜も遅いですし、眠りたいのですが。」
俺も眠い。
「ベッドが2つしかないな。」
「2人部屋ですから。」
2人部屋でベッドが3つあったら凄いな。1つって言うのもあれだが。
「シルビア。添い寝。」
シルビアが一瞬、殺気を放つ。俺にだけ感じられるようなピンポイントで。
「お断りいたします。隣の大部屋でお休みください。」
シルビアが笑顔で言う。しかし、俺にはこめかみに怒マークの十字路が浮いているように見える。
「しょうがないなぁ。んじゃ、また明日。」
無理に押さえ込んでもいいが、ニーナがいるからな。
「私は別に添い寝でもいいんだけど。」
出て行こうとする俺にニーナが言う。それにシルビアが俺を睨んでくる。
「ぐぅ。せっかくのベッドなんだし、1人で広々と使えよ。俺は隣の大部屋で広々と寝てくるから。」
と、言い残して部屋を出る。
「ニーナもいいんだが、ここでニーナに手を出すとせっかく機嫌を直したシルビアがなぁ。やはり二兎を追ってはならんぞ。」
おとなしく隣の大部屋に向う。
「ぐあ!」
大部屋に行くといびきで満たされていた。いつのまにかおっさん供が大部屋で寝ていた。
「な、なぜだ! 俺の知らない間に?!」
部屋を間違えたのかと思って1階の酒場をのぞいてみたら、全員いなかった。
女将さんに聞くと部屋は201号室であっている。
再びどたどたっと部屋に行くと、やはりやつらがここで寝ていた。
「しかもベッド空いてねぇじゃん!」
ベッドは8つある。おっさんも7人だ。しかし、なぜか空いているはずのベッドに鉄の箱が寝ている。
「重い! こんなもん、1人で動かせるか!」
ちょっとがんばってみた。しかし、びくともしない。
「くっそぉ! 剣を持ち上げられなかったのをそんなに根に持っていやがったのか。意外と心の狭いやつらだな。」
きょろきょろと周りのおっさん供の様子を確認するが、皆、いびきをかいて熟睡している。
「どっちにしろ、いびきがうるさくて眠れんな。」
こんなおっさん臭い所は早く出よう。
「やれやれ。どうしたものか。」
とりあえず、シルビアたちの部屋の前に来てみた。
「たまには俺から夜這いするか?」
毎晩シルビアが夜中に逆夜這いして来るからな。たまにはこっちからいくのもいいか。
「でも、ニーナがいるしなぁ。この際だから2人まとめて犯(や)っちまうか?」
いや、さすがにあの魔法使いと日々鍛錬している盗賊を相手にするのは女相手とは言え無理か。
「荷台で寝るか。」
今日も晴れていて星空が綺麗だからな。こんな満天の星空なんて元の世界ではなかなか見れないからな。
「眠い。」
と、言うことで外に出る。
「ああ、星が綺麗だ。」
荷台の上で横になり、毛布に包まりながら空を見上げる。
「ああ、ネットしてぇ。」
こっちに来て、まずはあの怪しい宗教の寺院で1晩過ごし、その次は成金ピエール宅で1晩過ごし、その次は普通に報酬の金で宿に泊まり、その次の日からこの荷物運びの連中と一緒にいるわけよ。
1日目は何もなかったけど、その次の日は矢の雨が降ったな。ニーナを拾ったと。
3日目に盗賊の大群に襲われて再びニーナを拾ったと。
4日目は何事もなく、この町にたどり着いたんだな。
かれこれ数えると今日でちょうど1週間か。すでにケータイが死亡してしまったから日付の確認はできないのだが、多分、今日で7日目だ。いや、多分、日付が変わっているから1週間過ぎたか。
色々あったような気がするが、まだ1週間なのな。なかなか高密度なスケジュールだな。
そう言えばあの顔の3つあるモンスターを倒す仕事って1日で終わったしな。
大学の連中は俺が行方不明なのに気付いただろうか。親には1ヶ月くらい音信不通ってよくあったからまだ気付いていないと思うが、さすがに毎日顔を合わせていた連中は気付くだろう。てか、気付いて欲しい。
あ。あいつに500円貸したままだ。どうするかな。はっきり言って3年くらいは帰るつもりねぇからな。まぁ、いいか。
ボーっとしているとなんかザッザッと言う足音が聞こえる。荷台の横に来てギッギッと言うはしごに登る音が聞こえる。さらに俺に近づいてくる感じだ。俺の横に来て腰をおろす。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
座った所で目が合ってしまった。
「こんなとこで何してんだよ。」
注:シルビアのセリフ。
「部屋がうるさくて眠れなかったから。」
あのいびきは最悪だった。
「だからってこんな所で寝なくてもいいじゃん。もう、探しちゃったじゃないの。」
探したのか。
「そんなことよりはっきりさせておきたいことがあるのよ。」
なんだ?
「主人公はあんたじゃなくて、私よね? この麗しきシルビア様が主人公で、あんたはその下僕よね?」
オイ。
「待てぃ! 俺が勇者で、お前はその従者だろうが。何で下僕なんだよ!」
かなり古い話を。
「まぁ、あんたみたいな下僕は要らないけど、私が主人公よね?」
主人公はこの俺様、剣塚一也だろ?
「ここはやはりかわいい女の子が主人公のヒロイックファンタジーの方がウケるか?」
俺の好みはそれだな。
「やっぱり主人公なんて大役はあんたみたいなガキには務まらないわよね!」
なんか嬉しそうだな。てか、まだガキって言うか。
「おい、主人公。視聴者サービスで露出度上げろ。」
ひらひらで体の線のはっきりしないローブを着ているからな。しかも肌が露出しているのって首から上と手首から先くらいだし。
「視聴者って誰よ? アユズカカニ? 私がこれ以上露出度を上げたら悩殺しちゃうわよ。」
シルビアが頬に手を当てて言う。
「アユズカカニって何だっけか?」
どっかで聞いたような?
「神様よ。前に言わなかったっけ? この世界を作った創造神よ。この世界じゃ常識だから覚えておけよ。」
へい。
「お前も横になって上を見てみろよ。今日も星が綺麗だぞ。」
と、誘うと意外にもシルビアが素直にのってきた。
「うわぁ・・・。久しぶり・・・。」
シルビアが俺の横に仰向けになって空を見上げている。
「こうやって星空を眺めるのって何年ぶりだろ? ・・・何十年?」
オイ。
いつのまにか寝てしまうのでした。