「紅蓮の業火よ。愚かな痴れ者供を焼き払え。」
昼食後、出発して谷に差し掛かった所で盗賊の待ち伏せに遭遇した。
最初の矢の雨はシルビアが魔法で防御したが、無数の盗賊が崖の上から雪崩の様に降りてきて戦闘になった。
俺の想像なのだが、あの肉を焼いた匂いで盗賊を呼んでしまったんじゃないかと。モンスターの嫌う香を焚いてモンスターを追い払ったのはいいが、人間には香ばしい食欲をそそるいい匂いだったからなぁ。
レイシアのこと、けばいねぇちゃんが盗賊の戦闘に炎の魔法を見舞う。強烈な炎に焼かれ、何人もの盗賊が倒れる。
「うおおお!!」
ゴンザレスのこと、でかいおっさんは相変わらず凄いな。あの巨体と巨大な剣でばったばったと盗賊を切り倒していく。
「俺の出る幕なんてないじゃん。」
やはり戦闘はプロに任せるべきだよな。餅は餅屋よ。蛇の道はヘビーとも言う。
「ほら、お前も行けよ。」
シルビアが背中を押してくる。今度は落とされないぞ。
「よく見ろ。俺が出て行って何をするんだよ。」
けばいねぇちゃんの魔法とでかいおっさんの剣で盗賊たちは荷台に近付くことができない。さらに荷台の上からキールやニーナたちが銃で攻撃し、ほとんど隙がない。
「もぉ。ほら、来やがったぞ。」
盗賊の1人が攻撃をかいくぐって荷台にたどり着いた。
「はい、これも仕事だからね。」
はしごを上ってきた所を蹴り飛ばす。空中でけばいねぇちゃんの放った炎に包まれてしまう。ご愁傷様。
「おっと、危ない。」
けばいねぇちゃんに銃弾が向っていくのを見た。剣で弾いてやる。
いやぁ、何で矢とか銃弾がこんなに遅くなって見えるのか。どう考えてもこの剣の能力だよな。
数発、銃弾や矢からけばいねぇちゃんとシルビアを守っていると盗賊たちが逃げ出して行った。その逃げていく盗賊たちをけばいねぇちゃんとでかいおっさん、キールたちが追撃する。
ここの世界の盗賊はしつこいらしく、一度追い返してもすぐに仲間を集めて帰ってくるのだそうだ。仲間を呼ばれる前にこうして殲滅させるらしい。
「う〜ん、魔法使いがもう1人いると楽ねぇ。」
シルビアが肩とかまわしている。
「でかいおっさんが俺の仕事もしてくれて楽だなぁ。」
レイシアとゴンザレスが一団に加わって楽ができますなぁ。
「お前は楽なんてしないで戦闘経験を積まねばならんのよ! 楽ばっかしてんじゃねぇぞ!」
背伸びとかして体をほぐしている所へシルビアが脛を蹴ってくる。
「いってぇな! 飛んでくる銃弾とか矢とか叩き落してやっただろうが。あれはあれで結構、神経使っていたんだからな!」
なんかシルビアとけばいねぇちゃんの間を行ったり来たりしていて反復横跳びみたいになっていたけれども。
「この稀代の大魔法使いであるシルビア様に銃弾なんか当たると思っているのか!? 愚か者め。」
こ、こいつは。
「まぁ、あの女が銃弾で倒れて私の仕事が増えなかっただけ良しとしてやるか。次は銃弾を防ぐだけじゃなく、弾き返して返り討ちにしてやるんだぞ。」
そんな器用なことできるか!
しばらくシルビアと漫才みたいなことをしていると皆が帰ってきた。
キールたちの背中には盗賊たちから巻き上げた物が入っているらしき大袋が背負われている。盗賊たちを殲滅してやった後、その持ち物をもらう代わりに埋めてやっているのだ。
結構、大漁のようだな。
盗賊の襲撃があった場所から出発し、日が暮れた所で野宿となった。
「順調に行けば今日の夕方には次の町に着いていたらしいな。」
今日はモンスターに襲われて、さらに盗賊にも襲われたからな。予定していた道中の半分も進めなかったらしい。
「今日は盗賊に遭いましたからね。」
今日の夕食は今日、遭遇した盗賊から巻き上げた物だ。なかなかいい保存食を持っていたらしい。
「ああ、疲れた。こんなことになるんだったらチティスでおとなしくしてればよかったかしら。」
横でニーナが自分の肩を揉みながら溜め息をついている。
「本当に悪の魔法使いが来ちゃったからしょうがないんだけど。」
そう言えばチティスに着いた日に来た、あのいかにも悪の魔法使いと言った感じのやつはなんだったんだろうか。
「明日には次の町へ着きますから宿でゆっくりしましょう。」
シルビアが猫かぶりモードだ。ニーナの前でも猫かぶりモードなんだよな。気を許してくれるのは俺だけと言うのは喜んで良いのか悪いのか。
まぁ、猫かぶりモードの方が美人に見えるけど。
「カズヤ様。夕食の準備ができたみたいですね。」
つまり、とってこいと言うことだな?
「ああ、とってきてやるよ。」
う〜ん、いい匂いだ。昼食のいい匂いに盗賊供が寄って来てしまったのに何の改善もない。
おわんにシチューを3杯受け取り、帰ってくる。
「それ、とってきてやったぞ。」
シルビアとニーナにおわんを渡す。シルビアはいつも通り、おわんを受け取ると呪文を唱え始める。毒が入っていないかチェックしているのだ。それを知らないニーナはさっさとシチューに口をつけて食べ始めている。教えてやった方がよかったか、とか思う。
ボーっとシルビアを眺めているといつもは青く光る手が赤く光る。それにシルビアの表情が険しくなる。
「カズヤ様! これ、何か入ってる! ニーナさん、すぐ出して!」
しかし、ニーナのおわんはすでに空だ。
「うぇ?! 何々?!」
一見、平気そうに見えるのだが。
「・・・。」
何ともなさそうだな。
「なんか毒が入っているとかなんか。」
俺の言葉にニーナが眉間にシワを寄せる。
「大抵の毒は免疫ができちゃっているから大丈夫なんだけど。」
それで平気にしているのか? 周りのおっちゃんたちを見ても平気そうにしているな。
「皆、胃が丈夫なんだなぁ。」
俺は普通の胃袋だから危ない物は食わないぞ。
「皆、大丈夫そうですね。」
といいながらも自分のと俺のシチューをこっそりと処分するシルビア。
「おい。俺たちの今日の夕飯はどうするよ?」
今日は戦闘したから腹が減ってんだよ。
「これを食べてください。」
最初の町で買った保存食だな。塩味の乾パンだな。
「町で買ったきり食べてなかったな。」
シルビアから1つ受け取る。1個で1食分らしい。直径約15p、厚さ約2pの円盤型をしている。とりあえず、ちょっと千切って口へ運ぶ。
「ぼそぼそして美味くねぇ。」
唾液がパンに吸い取られる。そこへシルビアが水の入ったペットボトルを俺に突き出す。本当に水筒代わりにオレンジジュースの入っていたペットボトルを使わされているからな。なんか水が変な味なのな。
くいっと水でパンを流し込む。
「カズヤ様。全部、水を飲んでしまわないように気をつけてくださいね。明日には町に着くとしても何が起こるか分かりませんから。」
はい。気をつけます。
しばらくかけて唾液を吸い取られながらパンを腹に押し込むのであった。
「どんな毒だったか分からんのか?」
あんなに美味そうな匂いのシチューだったのになぁ。
「そこまでは私の魔法でもわかりません。私の体に害があるかないかの判断しかできない魔法ですから。」
シルビアには害でも俺には害でないときもあるわけか。また、その逆もしかり。
「まぁいいか。皆、元気そうだし。」
か弱いシルビアには害で腹の丈夫なやつらには全く問題ないレベルの毒であったのだろう。
「明日も早いですし、もう休みましょう。」
特にやることもねぇんだよな。やりたいことはあるけど、させてくれないだろうし。
「寝るか。おい、シルビア。隣は空けておくからな。」
と言ってみたが、ニーナを連れて行ってしまった。
「全く素直じゃねぇなぁ。」
今日は2回の戦闘で疲れた。毛布に包まり、目を瞑るとまもなく眠りに落ちてしまうのであった。