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2004.11.11


第5話・街(3)




 次の日。
 「タオルとお湯を用意して出てって。」
 シルビアに朝飯のスープを食わせた後の出来事。
 「まだろくにスプーンも持てないくせに。俺が拭いてやるってば。」
 全く、一緒に風呂入ったこともあるというのに、いまさら何を警戒しているのか。
 「変態、スケベ、痴漢。」
 この女は。
 「全く、しょうがねぇなぁ。」
 洗面所からタオルと洗面器にお湯を汲んで持ってくる。
 「背中くらい拭いてやろうか。さすがに背中は拭けないだろ?」
 前に1度触ったことがあるけど、白くて、手が吸い付くように肌理細やかな綺麗な肌をしているのよね。
 「さっさと失せろ。」
 人がせっかく親切で言ってやっているのに。
 「はいはい分かったよ。昼まで外でぶらついてくるよ。」
 全く素直じゃないんだから。
 とりあえず、剣だけ持って出かける。

 「外に出たけど、どこに行こうか。金がないからなぁ。」
 飲食店に入って菓子でも喰いながら時間を潰すなんて事はできないな。
 「本屋とかねぇかな。立ち読みとかすれば金を使わずに3時間くらい潰せるな。」
 とりあえず、通りに沿って歩いてみようか。
 なんかでかい街だな。今まで見てきた街とは比べものにならないくらい人がいる。街の入り口に近いせいか鎧を着込んだ戦士や外套を纏った魔法使い風のやつとか、いわゆる冒険者風の連中がたくさん見える。
 通りは宿屋と飯屋ばかりだな。
 「あ。向こうに見えるあれって城か?」
 かなり遠くて霞んで見えるのだが、城らしき大きな建物が見える。中世ヨーロッパ風の石造りの城のようだ。
 「マジでファンタジー世界さながらだな。」
 こう言うジャンルのRPGとか物語とかたくさん読んでいたからな。なんか、この世界に来て1ヶ月過ぎたのに現実味がない。
 まぁ、頬を抓ればリアルに痛いのだけれど。
 「本屋はどこかなってな。」
 中世ヨーロッパ風って事は本ってかなり高価なんじゃなかろうか。全部手書きとか、版画みたいなやつとか、1冊ずつ手作業で作っているようならばかなりの価格になるだろう。
 「あ! 本屋だ。」
 『ラララ書店』って書かれた看板が出てる。古本屋も兼ねている様子だ。『新書、古書、中古本、雑誌、地図、各種取り揃えております』ってなポスターが店先に這ってある。
 早速、突入。

 綺麗な店内だ。雑然と本が積み上げられた怪しい雰囲気ではなく、元の世界で見慣れたように本棚へ綺麗に本が並べられている。
 実用書コーナーとか文庫本コーナーとかって案内看板が本棚に付いているとか見慣れた本屋の様子だ。
 店の様子は全く持ってファンタジーっぽくないのだが、客が魔法使い風のローブに身を包んだ連中が大半でファンタジー世界っぽくなってる。
 案内看板に魔法書コーナーなんていうのもあるし。
 まずは価格チェックだ。全部、手作りならば何万とかしそうだからな。
 見た所、元の世界にも普通にありそうなハードカバーの本がたくさん並んでいる。ブックカバーが付いていないのがちょっと違うか。
 とりあえず、中古・文庫本コーナーにある『異世界への扉』ってファンタジー小説っぽいタイトルのやつを1冊棚から引っ張り出してみる。
 「400K。」
 本に貼り付けられた値札にそう書いてあった。
 大して高くなかったな。A6サイズハードカバーの中古本として1K=1円として考えるとまぁ、このくらいの価格であっちの世界でも売っていたよな。
 中を開いてみると見慣れた書体の日本語が並んでいた。手書きではない。元の世界で見慣れた綺麗な明朝体の印刷文字だ。
 他の本もこんな感じ。普通に見慣れた本だ。
 「警戒して損したな。」
 3冊で100Kコーナーなんていうのもあるじゃん。
 しかし、何か足りないような気がする。
 どこの本屋に言っても必ずある物がない。
 「あ。マンガ本」
 全くそう言うものがない。雑誌にしてもマンガはない。
 「マンガ本がなければ立ち読みする気にもならんな。」
 文庫本は座ってじっくり読みたい。
 「シルビアにいくらか小遣いをもらって買うか。」
 今、一文無しだからな。
 「そう言えば・・・。」  けばいばばぁとでかいおっさんに毒殺されたキールたち一団のことはニュースになっていないのだろうか。ちょうどよく目の前にここ一週間の事件を扱った雑誌があるから確かめてみよう。
 まずは目次を見てみる。
 「えっと・・・。」
 ルオンセ王国でクーデター、王城に盗賊が侵入、しゃべる猫の目撃情報続出、王宮騎士団が凶獣バーサークパンサー討伐を決定・・・などなど。
 「出てないな。」
 まだ死体が発見されていないのだろうか。それともすでに話題が終わってしまったのか。あれから2週間になろうとしているからな。
 「目次を見た感じ、面白そうな話題はないなぁ。別に猫がしゃべってもこの世界なら普通にありそうだし。」
 そもそも、この世界に猫と言う生物がいたのね。人間以外に元の世界で見かけた生物なんて見たことがなかったのに。
 いや、名称が同じだけで全く違う生物なのかも・・・。
 猫が気になる今日この頃である。

 いつまでも活字の雑誌を立ち読みしていても面白くないので本屋を出る。
 「さて、本屋がダメとなると次は何だ?」
 金がないからな。ゲームセンターとか行ってもしょうがないしってそんなものがあるのか知らないけど。
 「う〜ん。」
 行く当てがない。
 「帰るか。」
 腹も減ったし、日もそろそろ高くなってきたし。
 宿に足を向けて歩き出す。

 「おーっす! 昼飯にしようぜ!」
 再びノックもせず部屋に帰ってきてやる。
 「おせぇ! はらへった! 飯!」
 シルビアがベッドの上で横になりながらほえてきた。どう考えてもあんな美女の言うセリフではないよな。
 「しょうがねぇなぁ。」
 剣を部屋に置いて1階の酒場に飯を取りに行く。
 今日のメニューは気分を変えて魚のフライ定食だ。シルビアのはスープだな。何のスープか知らないけど。なかなか美味そうな匂いがしている。
 「スープじゃなくて肉とか魚とか喰わせろ。」
 シルビアにはスープ。俺には魚のフライ定食ではそう言いたくもなるよな。
 「これを食べたければ早く体を回復させることだな。」
 とか言いつつ、魚のフライにかぶりつく。たまには魚もいいな。
 「むぅ。」
 俺の食べる姿にシルビアが顔をしかめるものの自分の体のことはちゃんとわかっているらしく、大人しくスープを食べ始めるのであった。
 まだ顔色は悪いけどすぐに動けるようになるだろう。
 「えーい、忌々しい! 私の見えない所で喰え!」
 スープじゃなくてこっちの魚のフライみたいなちゃんと食べてるって感じのものが食べたいのだろう。美味そうに魚のフライを頬張る俺の様子を見てシルビアがほえる。
 「嫌だ。」
 シルビアが眉間にシワを寄せて怒った顔のまま皿に口をつけて一気にくいっとスープを飲み干してしまう。
 「こんなんじゃ、喰った気がしねぇぜ。」
 そんな捨て台詞を残してシルビアが布団を被ってしまう。
 「それだけ元気なら明日から普通の飯を喰っても大丈夫そうだな。」
 食欲があるのは胃腸が無事な証拠みたいなものだし。
 ガツガツと俺も飯を平らげてしまう。


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