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2004.11.2


第5話・街(5)




 「おっしゃあ! 完全復活!」
 ある日、目が覚めるとシルビアが窓辺でなんかそんなことを叫んでいた。
 「起きろ、カズヤ!」
 シルビアが窓辺からこっちに走ってきて跳ねた。そして、俺に向かって跳び蹴りを放つ。その蹴りを寝返りを打って交わしてやる。
 「あ、避けた。」
 あって、そんな意外そうな声を出さなくても。そうそう毎回飛び蹴りを喰らっていたら死ぬって。
 「何故にお前は俺を起こす時に跳び蹴りなんだ! もう少し女らしくおしとやかに起こせ!」
 ちぃ、とか言ってシルビアが残念そうに舌打ちする。この女、俺を殺す気か?
 「起きたのならさっさと出かける準備をしろぉ!」
 シルビアが腰に両手を当てて胸を張って「えっへん!」とか言いそうな格好で叫ぶ。
 1週間もベッドの上で寝込んでいたものだから動きたいのだろう。見た目はインドア系の大人しそうな美女なのだが、中身はかなり活動的だ。
 「しょうがないなぁ。」
 とりあえず洗面所で歯を磨いて顔を洗う。ついでに出かける用の服に着替える。
 「もう出発するのか? 昨日まで寝込んでいたんだし、旅立つ前にもう少し休んでおいた方がよくないか? ゆっくり観光もしたいし。」
 シルビアが寝込んでいたから1人で出かけるのも面白くないし、心配だったしって言うんで観光なんてできなかったのだ。
 「そうね。せっかくフェスレドに来たんだし、観光でもすっか。」
 そう来なくては。
 この街って結構でかい街なんだよな。この宿からかなり離れているみたいなのだが、でかい城みたいなのまで見えるし。
 「ところで、このフェスレドに寄ったのって何でなんだ?」
 わざわざあんなだだっ広い荒野を抜けてきたのだからな。
 「この街から隣の大きな大陸まで船が出ているのよ。リューダ使うより激安よ。私も乗ったことがないから楽しみだったりする。」
 船か。
 「船?!」
 普通に納得してしまいそうだったが、この大陸って宙に浮いているんだって。大陸の周りは海じゃなくて空気なんだよ。
 「飛行船。一度にたくさん運べるから便利らしいよ。」
 飛行船か。ちゃんと飛ぶやつなのね。俺はてっきり帆を張って海を航海するみたいに空中を飛ぶのかと思ってしまった。ファンタジーみたいな世界だから一瞬、ありえると思ってしまったぜ。
 「よし、観光に行くぞ。観光案内よろしく。」
 よろしくとか言ってシルビアの肩を叩く。俺はこの世界の人間じゃないからな。
 「私も80年以上前のフェスレドしか知らねぇんだよ。私が寝込んでいる間に色々と観光したんだろ? お前が案内しろ。」
 え〜。
 「俺は別にこの近くの店を物色していただけだし。」
 物色って言っても金がなかったから見ていただけなんだよね。
 この前、シルビアからもらった500Kは即行で4冊の文庫本になりました。『異界への扉』ってタイトルの本の他、3冊で100Kってやつを買って500Kだった。税込みらしい。
 なかなかの退屈しのぎになった。
 「役に立たず。」
 オイ。
 「はぁ、全くしょうがないなぁ。」
 はぁ、とか言って溜め息つくな。
 「とりあえず、この街についてちょっと教えておいてやろう。光栄に思え。」
 はいはい。
 シルビアが胸を張ってずびしっと指を突きつけつつ、偉そうにのたまうが、その顔に幼さが残る物だからかわいいいのね。
 「このフェスレドは世界最大の王国として世界に名を轟かせているて、いわば世界の中心と言うべき国だな。」
 え。そんな凄い街だったのか。そう言えば規模がでかそうだったな。
 「文化の発信地。世界の首都。世界をリードする最大の国だ。国土はこのセントラル大陸全域。聖剣の聖地グランディフィールドから最初に立ち寄った町もフェスレドの管轄下だ。フェスレドのある大陸の名前からして世界の中心って感じなのよね。」
 大陸の命名が先なのか、国の成立が先なのか。
 「保有軍事力はピカイチ。生意気にも世界中を敵にして宣戦布告したダルメス帝国に徹底抗戦して逆に滅ぼしちゃったんだからね。」
 なんか凄そうだのぅ。
 「過去歴代における聖剣の勇者が何人もフェスレドの騎士団から現れているってから、個人の能力も相当な物なのよ。」
 俺の持っている剣がかつてはフェスレドの騎士が振るっていたかもしれないわけだな。
 「ちなみに80年前、聖剣の勇者の1人がアティニア様ってフェスレドの騎士団長をやっていた人よ。剣を振るって戦う姿の美しさは同性の私でも目を奪われてしまうわ。」
 シルビアが何か思い出してうっとりしている。シルビアと同性ってことは、アティニアって女なのね。
 「他のウォーレン様やレオ様もかっこよかったけど、一番はアレン様ね。お前みたいなガキが次の勇者なんて思いもしなかったぜ。」
 悪かったな。
 「ウォーレン様とアレン様は一国の王子だったし、レオ様は世界最強の傭兵だったし、アティニア様は良家出身の騎士団長だったし、先代の聖剣の勇者は4人とも高い身分の人たちだったのよ! 何で今回はこんなガキなのよ! ああ、ついてねぇの! もぅ!」
 まぁ、人生色々ありますわな。聖剣セケルステインって4本あるのだから勇者も4人だよな。
 「何でセレナさんとか選ばなかったのよ! あっちの方が美人で、スタイルよかったでしょ?!」
 何でって。
 「セレナって誰よ。」
 心当たりが全くない。
 「私の他に3人いたでしょ? グランディフィールドに封印されていた巫女が! フレアさん、アリシアさん、セレナさんの3人よ!」
 ああ。あの時の石像のどれかだな?
 「これと言って深い理由はないんだが、お前が一番好みの顔だったからだ。その挑発的な性格はともかく、見た目は文句のつけようがないからな。」
 改めて眺めてみるが、怒った顔もかわいい。
 「け!」
 けって、そんな眉間にシワを寄せて嫌がらなくてもいいじゃないか。
 「まぁ、私たちがダルメスの皇帝をぶっ殺して80年前の災厄を滅ぼせたのはこのフェスレドの後ろ盾があってこそだってことだな。そんな感じに凄い国なのよ。」
 ほほぅ。
 「あ! こんなことに時間掛けさせんじゃねぇよ! さっさと行くぞ!」
 シルビアがさっさと部屋のドアを開けて出て行ってしまう。
 もう少し先代の勇者たちの話が聞きたかったなぁ、なんて。
 剣を背負ってシルビアの後を追う。

 「ほら、さっさと出発するよ。」
 はいはい。
 「さっき宿の女将さんから観光名所のパンフレットをもらったから、近場から潰していくぞ。」
 潰していくぞって。
 シルビアが女将さんからもらったって言うパンフレットを開いて行き先を確認する。
 「最初はこの行商市ね。世界中から商人が集まっているんだと。さすがは世界のフェスレドね。」
 ここから徒歩20分ほどらしい。
 「市に行くに当たってお小遣いをいくらかおくれ。」
 シルビアに向かって手を出す。
 「ダメ。」
 シルビアのケチ。
 市場に着くまでの道程の間ずっと小遣いの交渉をしてみたが、ダメだった。

 「色んな人がいるな。」
 カラフルだ。色んな形の衣装を着た人たちがたくさんの露店を出している。
 「本当に世界中から来ているみたいだな。」
 色んな見たこともない品が店先に並んでいる。
 「そんな欲しそうな目をしてもダメだからね。見るだけ。」
 ケチだ。
 「あ、このブレスレットかわいい!」
 ルビーみたいな赤い石をあしらった銀色のやつだな。
 「おいくら?」
 シルビアが値段を聞いてる。買う気か?
 「89000Kだよ。」
 高! 俺の身を守るプロテクターより高い! ちなみに俺のプロテクターは57800Kだったと思った。
 「う〜ん、少しお高いようですわ。もう少しお安くならないかしら?」
 シルビアがにこっと猫かぶりモードで微笑む。露店のおっちゃんがそれに鼻の下を伸ばす。
 「じゃ、じゃあ、8万Kにしよう!」
 いきなり9000KOFF!
 しかし、シルビアはまだ値引きさせる気だった。少し困った顔を見せる。それにおっちゃんが慌てる。
 「な、7万にしよう!」
 さらに1万KOFF!
 まだ値切る気だな。さらに暗い表情を見せる。
 「6万! いや、5万! ・・・4万にしよう!」
 半額を下回りましたな。しかし、シルビアはさらに追い討ちをかける。少し目をうるませるなんて小技を使う。
 「わぁ! 泣かないでちょうだい! これあげるから笑って。ね!」
 おっちゃんが慌ててシルビアに89000Kのブレスレットを握らせる。それにシルビアが笑顔を見せる。
 「優しいのね。ありがとう。」
 シルビアがおっちゃんの手を握り返す。それにおっちゃんが骨抜きになる。
 あーあー。
 芝居なのになんで引っかかるかなぁ。
 さらに10万K近くのアクセサリーを5つも献上させる恐ろしさ。あのおっちゃん、シルビアのおかげで破産っすよ。

 欲しいアクセサリーを6つも手に入れてシルビアが満足そうな顔で帰ってくる。
 「ふふん。私の美貌さえあれば金を使わなくてもこうして欲しい物が手に入るのさ!」
 恐ろしい女だな。
 「俺、あの篭手が欲しい。」
 試しに言ってみた。俺の買ったプロテクターには篭手なんてついてない。
 「自分で働いて買え。」
 やはりシルビアはケチだ。

 それから2時間くらい市場をまわって何人もの男たちに貢がせるシルビアであった。
 「1Kも使ってないのにこの荷物って詐欺だな。」
 例によって例のごとく俺は荷物持ちですよ。1つも俺の欲しい物は手に入れてないのに荷物持ちですよ。全部、シルビアに男たちが貢いだ物だ。
 「詐欺? 人聞きの悪い。別に私は欲しいとは言ってないはずよ。男供がくれるって言うんだから受け取ってあげたのよ。」
 まぁ、確かにな。
 馬鹿ばっかだな。
 「えっと、あの辺でいいかな。」
 何が?
 シルビアの示す先にはリサイクルショップが。
 「売るのか?」
 せっかく貢いでくれた物なのになんて薄情な。見かけは美女だが、中身は真っ黒じゃねぇか。
 「そんなにいっぱい荷物を持っていたんじゃ、邪魔じゃん。」
 まぁね。
 シルビアが気に入ったアクセサリーをいくつか残して全部売り払ってしまうのであった。その売った金が200万を超えた。
 恐るべし。
 なんて女だ。
 「意外と金になったわね。」
 最初の魔物退治で稼いだ金より多いじゃないか。
 「最初の1件目で10万近くのアクセサリーを6つも貢がせたからな。」
 しかもそれを元値より10%以上上乗せした金額で買い取らせていたし。
 恐るべき女だ。
 「わっはっは。次に行くぞ!」
 はいはい。この大口開けて笑うシルビアの姿を見れば貢いだ男たちも目を覚ますことであろう。


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