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2004.11.2


第5話・街(6)




 「そろそろハラヘッタな。」
 時計がないから時間がわからないけど、ハラヘッタ。朝飯を喰ってないしな。
 「あ、この近くに美味しいお店があったのよ。えっと、あっちかな?」
 とりあえず、シルビアに案内されながら道を行く。
 「まだか?」
 かれこれ10分歩いた。途中にいくつも美味そうな匂いを漂わせるお店があった。
 「おっかしいなぁ。あの辺りにあったはずなんだけど。」
 あの辺りって。
 「それっていつの話なんだ?」
 シルビアが少し首を傾げて考える。
 「80年位前。」
 オイ。
 「なかなか80年も同じ所で続く店なんてないぞ!」
 シルビアがむぅ、とか言って顔をしかめる。
 「ちぃ。潰れやがったか。あそこのポラスパイは絶品だったのに惜しいことをした。」
 とか悪態をついて残念がるシルビア。しかし、普段の無邪気な顔とは違う何か別の感情が見えたような気がする。
 「しょうがない。あの店に入ろう。」
 この店からもいい匂いがするな。
 「ハラヘッタぞ。」
 俺は一文無しだからシルビアの奢りだな。

 「基本は男が奢るものだろ? 女の私に払わせる気か?」
 席についてシルビアに奢ってくれと言ったらそんな答えが返ってきた。
 「待て。金の管理は全部お前がしているのだから俺は金なんて持ってないぞ。」
 とりあえず、周りの客を見ながら何を食べるか考える。
 「今日の所は私が払ってやるから、その分は貸しだぞ。利息はトイチで。」
 オイ。
 トイチって10日で利息に1割ってやつだろ? この世界でもそんな理不尽な利息で金を貸す所があるのだろうか。
 「そんなのダメだ。そもそも俺が働いて金を稼いでも全部お前が持っていくじゃないか。あ、昨日までの7日間分の介護料金。1日10万Kで70万。」
 シルビアに向かって手を出す。
 「グランディフィールドからここまで世話してやった代金。1日20万。今日で31日目だから昨日までで600万Kだ。」
 この女は。
 もうこの世界に来て1ヶ月なのね。
 「お前が俺の世話するのは巫女としての義務だろうが。そんなの無料奉仕だ。それにあの荒野で1週間ずっとお前を背負ってここまで来たんだからその分は俺に払え。」
 あれは極限に挑戦してしまったな。よく考えたら10日も飲まず喰わずで、しかもラスト7日間をシルビアを背負ってあの荒野を踏破するなんて普通なら不可能じゃないのか?
 ただでさえ運動不足で不健康だった俺がそんな体力があったとは思えない。
 まぁ、できてしまったのだからしょうがないな。
 「もう、冗談の通じねぇやつだなぁ。ここは私が払ってやるけど、1000K以内な。」
 やれやれ。
 「あの斜め向こうにいるおっさんの食っている赤いやつってなんてやつだと思う?」
 なんか、あっちもこっちもそれを喰ってる。
 「訊いてみればいいじゃないの。」
 それもそうだな。
 手を振ってウェイトレスのねぇちゃんを呼ぶ。
 「ご注文はお決まりですか?」
 ん。
 「あのおっさんが食べてるやつって何?」
 訊いてみた。
 「本日の日替わりランチになります。赤のウェスリーヌのトルナミートソースにサラダとスープが付いております。」
 ウェスリーヌとか、トルナって何? ミートソースってあのミートソーススパゲッティのミートソースのことだよな?
 「まぁ、いいや。それを1つ。シルビアは?」
 シルビアも日替わりランチ。
 「かしこまりました。少々お待ちください。」
 はい。
 「ウェスリーヌとか、トルナって何?」
 シルビアに訊いてみた。
 「あれ。」
 シルビアがおっさんの食べている赤いやつを指差す。
 「それは分かる。」
 あれは何って訊いて赤のウェスリーヌのトルナミートソースってウェイトレスのねぇちゃんが答えたのだからな。
 「来たら喰ってみればいい。まずい物じゃないから。」
 さよか。

 しばらくしてウェイトレスのねぇちゃんが日替わりランチを2つ運んできた。
 「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
 ウェイトレスのねぇちゃんが一応、確認を取る。注文したのは以上だ。
 「あ! あのポラスパイを1つください。」
 ポラスパイ?
 「1つなのか?」
 俺のは?
 「1つで十分よ。」
 ポラスって俺がお使いに行った時に買って来たピンク色の果物だろ? 多分、リンゴパイみたいなやつだからかなり甘そうだな。
 「あんまり甘い物を食べ過ぎると太るしな。半分喰ってやろう。」
 その提案にシルビアが嫌な顔をしなかった。やはり女だから甘い物の食べ過ぎには気をつけているのだろう。
 「それでは、ポラスパイをおひとつですね。」
 ウェイトレスのねぇちゃんが追加注文を聞いて去っていく。
 「さて、これがウェスリーヌってやつか。」
 赤いな。パスタみたいなやつだ。
 とりあえず喰ってみた。
 「う〜ん、少しトマトみたいな酸味があって、肉の旨味がなかなかのパスタだな。」
 意外と美味。
 「この麺がウェスリーヌって言うやつで、赤い薬草が練りこんであるのよ。それで赤いの。トルナってこのくらいの赤い野菜ね。煮込んじゃって形がないけど。」
 このくらいってシルビアが指で直径5pくらいを円を作る。
 名前はあれだけどちょっと変わったミートソーススパゲッティじゃん。
 ボリュームがちと足りないからもう一皿食べたいな。
 ウェスリーヌを食べ終わってしばらくするとウェイトレスのねぇちゃんがパイを運んできた。
 「でか。」
 直径が20pちょっとはありそうだ。
 「ご注文は以上ですね。」
 ウェスリーヌをもう一皿注文しようかと思っていたが、この大きさのパイならば要らないな。
 とりあえず、ナイフでざくざくっと切り分ける。4分の1を皿に移してシルビアの前に置く。俺も4分の1を皿に取る。
 「んじゃ。」
 ひとくち。
 「甘い。」
 リンゴパイだ。
 ふとシルビアを見ると小さな口で上品にパイの欠片を口に運ぶ。
 「・・・。」
 ノーコメントか。美味かったのか、不味かったのか。無表情だから不味かったのかも。
 「違う。」
 違う?
 「ああ。昔、食べた絶品のポラスパイと違うって言うやつか。」
 シルビアがふぅっと溜め息なんがついちゃってる。
 「お前みたいに特殊な職業に就いていれば色々なことがあるさ。」
 違うとか言いつつ、かなり甘い4分の1に苦戦している中でシルビアが残りの4分の3を片付けてしまうのであった。女の甘い物が別腹って言うのは本当かもしれない。

 あれからいくつかまわって宿に帰ってきた。
 「ふぅ。私が封印されている80年の間に結構変わっちゃったな。」
 シルビアがこの近くに昔、ひいきにしていたお店があるんだよ、とか言っていくつか案内されて行って見たのだが、さすがに80年も経っているとそれが今もあるとは限らない。
 すでになくなっていたり、改装されて昔の面影がなかったりしてシルビアの知る店は1つも残っていなかった。
 それを見るたびにシルビアが悲しそうな顔をするのが可哀想でならなかった。
 「過去は過去。思い出なんて美しいままにしておくに限るぜ。これから俺たちの思い出作りのために一発やろうぜ!」
 無視された。
 「おい、シルビア。」
 俺の呼びかけに答えず、シルビアがいきなり脱ぎ出した。
 「なぁ!?」
 やる気か。てれちゃって返事できないのか。
 「覗くなよ。」
 ん?
 上着を脱いで薄着になった所でシルビアがタオルを持ってバスルームに行ってしまった。
 「風呂か。」
 がっかりだ。

 その夜、久しぶりにシルビアが俺のベッドに潜り込んできた。しかも前にも増して近付いているぞ。肩が触れるなんて物じゃなくて腕を捕まれてシルビアの頭が俺の肩に触れてる。
 「・・・。」
 すぐ横を見るとシルビアが穏やかな寝息を立てている。
 まぁ、いいか。
 昔のなじみの店がなくなってしまって寂しいのだろう。
 夜は更けていく。


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