次の日。
「カズヤ、起きろ!」
痛い。
今日は跳び蹴りではないが、バシバシ叩いてきた。
何で普通に起こしてくれないのか。
「痛いから止めろ。」
寝返りを打ってシルビアの攻撃を交わす。
「起きたか! 早く仕度をしろ。早く出かけないと全部まわれないぞ!」
はいはい。
「目覚めのキスとかないのか?」
ちょっとからかってみた。
「そんなふざけたことほざく前に準備しろぉ!」
怒ってしまった。
全く、やれやれ。
「今日はここからだな。」
宿の前で観光名所のパンフレットを開く。
「慰霊碑と歴史資料館。」
パンフレットの説明によると80年前の大戦で死んだ人たちの慰霊碑と、その大戦時の歴史資料館だそうだ。
「80年前のって言うとお前が先代の勇者にくっついて色々していた頃のやつだな。資料館にお前のことを書いたやつがあったりしてな。」
その頃の詳しい話が聞けるかもしれない。
「う〜ん。それは私も気になるな。失礼なことが書いてあったら、正体をばらしてでも修正させるぞ。」
笑顔でさらっと脅迫しそうだな。
「ここからちょっと遠いからバスに乗るぞ。」
バス?
「この世界にバスなんてあったのか・・・。」
まぁ、自動車じゃなくてでかい馬車みたいなやつなのだろう。
宿の前からしばらく歩くと看板を先頭に列を作っている人々が見えた。さながらバスが来るのを待つ連中そのものだ。
「バス停だ。」
フェスレド観光バス、王城前広場行きって書いてある。都東入り口って言うバス停らしい。シルビアと一緒に列の最後尾に並ぶ。
「バスねぇ・・・。」
しばらく待っているとゴスラが天井付きの大きな荷台を引いてやってきた。その荷台に何人も人が乗っている。
「バスだな。」
それがバス停の所で止まる。列に並んでいた人たちが御者に運賃を渡して乗り込んでいく。荷台の側面に『1人200K』と書かれている。
「80年前より少し高くなってる。」
80年前から変わらずあったのか・・・。
シルビアが俺の分も一緒に払って乗り込む。
「あ、1つ空いてる。」
1つだけ椅子が空いていた。隣にバーコード頭のおっさんが座っている。それを気にせず、シルビアがスタスタと行って座る。
まぁ、女を立たせて自分だけ座る趣味はないからいいけど。
俺は立たねばならんのか。天井から吊り輪が下がっている。他の立っている連中も吊り輪につかまっている。
本当にバスだな・・・。
俺が吊り輪につかまるとゴスラが俺たちを乗せた荷台を引いて動き始めた。
かなり揺れる。
「どこで降りるんだ?」
それを訊いていなかった。
「慰霊碑公園前と言う所ですわ。」
シルビアが猫かぶりモードで答える。その隣のバーコード頭のおっさんがシルビアにどぎまぎしているのが楽しいな。
「おっさん。そこまでどのくらいかかるんだ?」
突然、訊いてみた。それにびくっと驚くおっさん。
「だ、だいたい30分くらいですよ。」
最初のだの声が裏返っていた。
何でシルビアに笑顔を向けられた男はこんな反応を見せるかなぁ。馬鹿ばっかなんだな。
それはさておき、30分もこんな揺れる所に立っていなければならないのはつらいな。激しい揺れから必死になって耐えつつ、30分がんばるのであった。
「あれが慰霊碑か? でかいな。」
縦に長い正四角柱を台座にして、その上に手を取り合う男と女の石像があった。その台座に慰霊碑って書いてあった。
男は背中に剣を背負って鎧を身に纏った戦士風のやつで、女はシルビアみたいにひらひらのローブを着た魔法使い風のやつだ。
「あれはアレン・セルシア様とシンシア様ね。」
誰?
「アレン様は私がお前の前に仕えた聖剣の勇者で、シンシア様は私の前の巫女よ。」
なるほど。
「何であの2人だけなんだ?」
聖剣の勇者は4人いて、巫女も4人いるのだから他の6人はどうしたのだろう?
「あれが慰霊碑だからじゃないの? 2人ともダルメス帝国の皇帝とやった時に死んでんのよ。」
なるほど。他の6人は戦時中に死ななかったのね。シルビアを入れれば7人だな。
「アレン様とはたった3ヶ月の付き合いだったけどお前とは比べものにならないくらいいい男だったわ。」
悪かったな。シルビアがうっとりっと言った顔でほざきやがる。
「どんなやつだったんだよ。そのいい男って。それとシンシアってやつは?」
シルビアが腕を組んで少し眉間にシワを寄せる。
「どんな人だったってねぇ。シンシア様に会ったと言っても私が対面したのは腹に風穴開けた死体だったからどんな人って言うのは知らんしなぁ。アレン様とは3ヶ月一緒にいたと言ってもあの人のこともあんまり知らんな。うん。こうして思い出してみるとあの2人のことはほとんど何も知らんな。」
俺の前に仕えていたって言うアレンにもこんな挑発的な口調で接していたのだろうか。
「まぁ、シンシア様とは死んでからの対面だったからしょうがないとしても、アレン様は私の付け入る隙もなかったんだよねぇ。いつも顔に陰りがあって寂しそうで、私のことなんか子ども扱いして全然相手にしてくれなかったってのよ。いくら童顔だからって二十歳過ぎた女なんだからね! いつまでも死んだシンシア様のことなんて追いかけててさぁ、仲間の6人も警戒していたんだよね。最後の戦いで死ぬんじゃないかって。本当にそうなっちゃったんだけど。いや、まぁ、なんと言ってもお前みたいなガキと違ってかっこよかったのよ。」
最初は寂しそうな顔で、次に怒ってみたり、最後はうっとりしてみたりって表情豊かな女で。
それよりガキってなんだ。これでも二十歳だぞ。
シルビアの顔は童顔って言えば童顔だ。どうみても20超えているとは思えん。絶対に俺より年下に見える。そんなやつにガキとか言われたくないな。
「そう言えばお前の名字ってなんなんだ? かれこれ1ヶ月になるけど、いまだにお前の名字って聞いたことがない。」
俺の名字も名乗ったことがなかったような気がしないでもないけど。
「ミョウジ? 何だそれ?」
何だそれって。
「アレン・セルシアのセルシアって名字じゃねぇのか?」
この世界で名字って言葉は通じないのかよ。
「ああ。アレン様のセルシアって言うのは族名って言うのよ。今はなきセルシア王国の長である称号よ。国王とか大貴族の当主とかって言う大きな集団において一番偉いやつとその跡取だけが名前の後に族名をつけて名乗れんだよ。知らないのか?」
知らないのかって。
「俺の世界じゃ、どの一族に属しているのかって言うんで全員が名前と一緒に名字ってやつを名乗るんだよ。ちなみに俺の名字は剣塚だ。カズヤ・ケンヅカって言うのがフルネーム。」
シルビアがふ〜ん、とか言ってる。あえて名前、姓の順番にしたけど。
「まぁ、アレン様はセルシア王国の第一王子だったからセルシアって言う族名を名乗ることができたし、シンシア様は聖剣の巫女って言っても元々は普通の身分の人だったから族名なんてものを名乗れなかったしってのよ。」
つまり、この世界で普通の人に名字なんてないのか。なるほどね。皆、名前だけ名乗って名字を言わなかったのはそう言うことなのね。
「ん? 名字がないのって不便じゃねぇか? どこぞの家の誰々ちゃんって言えないじゃないか。」
シルビアが俺の言っていることに首をかしげる。なんか難しいこと言ったか?
「う〜ん、カズヤの世界でそのミョウジってやつは重要なのか?」
重要ってなぁ。下の名前で一也って呼ぶよりは剣塚って名字で呼ぶ時の方が多いんだよな。初対面からいきなり下の名前で呼ぶなんてまずありえないし。
「俺らって家とか一族って言うつながりが重要視されているんだよ。この世界じゃそう言うのはないのか?」
シルビアが少し俯いて考える様子を見せる。
「う〜ん、ないってことはないんだけど、あんまり重要じゃねぇよ。まぁ、子どもの時は親に依存するけど、16歳を過ぎて成人したら親なんか頼りにしちゃならんからな。私は12で独立したけど。たまに先祖代々受継がれている家業でって言うんで親の仕事を引き継ぐ所もあるけど、だいたいは成人したら親から独立して自分で身を立てなきゃならなくなるんだよ。そう言えば私って親の顔を覚えてないな。う〜ん・・・。」
親の顔を思い出せない子どもってこいつってばどんな子ども時代を過ごして来たんだよ。それにこの世界じゃ16歳で成人なのね。
「まぁ、生まれてから数えるほどしか顔を見せなかった親が悪いんだしな。私が気にすることもあるまい。それにもう死んでるだろうし。」
まぁ、ねぇ。シルビアが自称100歳超えているって言うからその親はどんなに若い時にシルビアを産んだとしても120歳近くだものな。どう考えても逝ってるな。
「まぁ、そんなのどぉでもいいし。私が麗しの女神シルビア様で、あんたがその崇拝者カズヤであることには変わりないんだからな。」
オイ。
「誰がいつお前を崇拝したよ。」
俺はしてないぞ。
「昨日の市場で私に色々と献上してくれた愚かな男供とか。」
ああ、そう言えばな。
「こんな石像見てても面白くないから次に行くぞ。」
そう言ってシルビアが俺の腕を取って引っ張っていく。