「歴史資料館か。」
石造りの結構立派な建物だ。入り口に『ダルメス大戦歴史資料館』なんて書いてある。入り口の扉は開け放たれており、それなりの人数が出入りしている。
大人600K、学生400K、小人200Kとかって入館料の書いた看板が見える。金を取るのかよ。
とりあえず、入り口で入館料を払ってチケットを買う。パンフレットはないらしい。金を取るのにパンフレットもねぇのかよ。
「あの順路ってやつに沿ってまわればいいのだな。」
入り口から入って目立つ所に『順路』と書かれた看板が立っていた。矢印の示す方向に進めと言うらしい。
順路と書かれた先に進むと入り口に『戦記の間』と書かれた部屋に着いた。
「結構、混んでるな。」
壁に写真とか飾ってある。
「皆様、こちらのスクリーンが見える位置でお聞きください。」
入り口で部屋の中を眺めているとそんな声が聞こえてきた。ふと、声の方を見ると部屋にいた人々がスクリーンの付いた壁に向かって集まっていくのが見えた。
「プレゼンでもあるのかな。」
とりあえず、行って見よう。
壁に白い布のスクリーンがあった。普通に壁に貼り付けてあるのではなく、裏は空洞になっている様だ。恐らく、裏から画像を投影する仕掛けになっているのだろう。なかなか手の込んだ資料館である。
スクリーンに『災厄ダルメス大戦』ってタイトルが浮き出てくる。後ろから映しているのだな。
「こちらでは今から90年前に到来した災厄・ダルメス大戦の略歴をご紹介させていただいております。」
この歴史資料館のスタッフがスクリーンを使ってプレゼンをやる様子だ。客に向かって話をするねぇちゃんがスクリーンの側に立っている。
客が適当に集まった所で、説明のねぇちゃんがプレゼンを始める。
「災厄・ダルメス大戦は今から90年前、下層の大陸にあったダルメス帝国が同じ大陸にあったセルシア王国を奇襲して征服し、世界へ向けて宣戦布告したことに始まり、10年も続いたダルメス帝国対世界の世界大戦です。」
セルシア王国? どっかで聞いたな。そもそも『対世界』って凄いな。
スクリーンの絵が1人の男の写真に変わる。
「この大戦はこのセルシア王国の第1王子にして聖剣の勇者の1人、アレン・セルシアを主人公とした物語が世界に広く語られているので、皆さんもご存知だと思います。」
ああ、そうそう。セルシアってアレンの族名だよ。思い出した。慰霊碑の前でシルビアから聞いたんだ。
帝国に滅ぼされた王国の王子が復讐で帝国を滅ぼすなんてよくあるストーリーだな。
スクリーンの男が左に少しずれて、その右に女の写真が現れる。
「ダルメス帝国の宣戦布告に対して徹底抗戦を決めた国々はここ、フェスレド王国を中心として立ち上がります。当時のフェスレド王宮騎士団にはすでにアティニアと言う聖剣の勇者がおり、来るべき災厄に備えて準備を進めていたのでした。」
説明のねぇちゃんがアティニアっていいながらスクリーンの女を指し示す。あれがアティニアの写真なのだろう。
まぁ、来るべき災厄ってなんかなぁ。『聖剣の勇者が出現=もうすぐ災厄が来る』ってなことなのだろうか。一応、俺ってその聖剣の勇者が出現してしまったのだから何かしら災厄が訪れることになるのだろうか。
「フェスレド王国が立ち上がったのに続き、世界中の国々がそれに賛同し、ダルメス帝国はまさに世界中を敵にして戦争を始めたのでした。」
なんて無謀な。たった1つの国で世界中の国々を一度に敵にまわすとは。
スクリーンが戦いの場面の絵を映し出す。向かって右側の陣営はさっきのアティニアを先頭にした軍勢で、左側は背中にコウモリの羽を生やした悪魔みたいなやつとか、背中を丸めて手に棍棒を持ったゴブリンみたいなやつとかって言う邪悪そうな怪物の軍勢だ。恐らく、怪物軍団がダルメス帝国の軍勢なのだろう。
「聖剣の勇者アティニアを有し、さらに世界の国々と力を合わせたフェスレド王国にダルメス帝国が滅ぼされるのは時間の問題だと思われていました。しかし、皆さんがご存知の通り、ダルメス帝国は脅威の力で周りの国々を征服していったのでした。」
まぁ、そんな自信がなければ世界を敵にして宣戦布告なんてしないよな。
スクリーンの絵が仰向けに倒れる甲冑の戦士を踏みつける山羊の頭と足に背中にコウモリの羽を生やした悪魔の絵に変わる。思い切り悪魔ですな。ダルメス帝国って悪魔の軍団ですか? 多分、ただの誇張なのだろうと思うのだけれど。
「最初の3年間は一方的でした。聖剣の勇者アティニアと各国の支援を得ながらもフェスレド王国は抵抗するもののダルメス帝国の力は脅威で、進軍の勢いを削ぐこともできないのでした。」
アレンはどうしたんだ?
スクリーンの絵が3組の男女の絵に変わる。
「この頃、世界の各地で聖剣の勇者がダルメス帝国の悪政から救うと言う噂が広まっておりました。その聖剣の勇者が亡国の王子アレン・セルシア、その人だったのです。
そして、聖剣の勇者アレンはさらに2人の勇者、ウォーレン・ルオンセとレオとその巫女たちを率いてフェスレド王国を訪れるのでした。」
せっかく聖剣の勇者なのにウォーレンとレオは脇役ですな。巫女に関しては名前も出てこない。
続いてスクリーンの絵が剣を持つ4人の男女の絵に変わる。聖剣の勇者たちの絵なのだろう。
「ダルメス皇帝の世界征服はなんと過去数百年訪れなかった4つ全ての聖剣が目覚めると言う最大級の災厄だったのです。
フェスレド王国にアティニア、アレン、ウォーレン、レオの聖剣の勇者4人が集結し、ダルメス帝国へ対抗する戦力を得ることができたのです。」
スクリーンの絵が悪魔たちを追撃する戦の絵に変わる。
「4人の勇者が集結して徐々にダルメス帝国に支配された国々が解放されていきます。
しかし、ダルメス帝国の戦力は強大で聖剣の勇者4人の力を持ってしても簡単に崩れることはなかったのです。
4人の勇者が集まってから5年の歳月が流れます。ダルメス帝国の宣戦布告から8年の歳月が流れ、聖剣の勇者と巫女の8人はついにダルメス帝国の皇帝の城へ侵入することに成功したのでした。
そして、聖剣の勇者と巫女の侵入は8人はダルメス帝国の皇帝に剣を突きつけるに至りました。
しかし、8人の力を持ってしても強大な力を持つダルメス皇帝を倒すことにはならず、その戦いで巫女の1人、シンシアが命を落とすことになるのです。」
スクリーンが王冠をかぶってヒゲもじゃのごついおっさんの剣に討たれる女の絵に変わる。あれがダルメス皇帝とシンシアなのだろう。ここでシンシアが死んで、シルビアが出てくるのか。
「シンシアを失った聖剣の勇者と巫女たちは一度撤退します。その途中でシンシアのパートナーであるアレンが抜けて巫女の郷へ旅立つのでした。
アレンが旅立ってからの1年間。2人の欠けた戦力低下は著しく、再びダルメス帝国が優勢となります。
ダルメス帝国は世界の国々を次々に征服し、残るはフェスレド王国、ネーディア王国、サラマダ王国、フィージン王国、ノーン王国、そして巫女の郷のあるミスティアナだけとなりました。
この頃、ミスティアナにある巫女の郷には有史以来最強、そして光の女神と謳われたシルビアがいました。」
スクリーンの絵が変わる。シルビアがピースしてウィンクするブロマイドになりそうな写真だ。先に出た勇者たちと扱いが違うな。
なんかなぁ・・・。
「幾度となく進撃するダルメス帝国をシルビアはことごとく滅ぼし、熾烈な戦いを極めた大戦末期の時代において、ミスティアナの土地をダルメス帝国から守っていたのでした。」
そんなに有名なやつだったのね。自称、『麗しの女神シルビア』ってマジで『女神』って呼ばれていたからなのね。
「聖剣の勇者アレンは死したシンシアを連れてついに巫女の郷へ辿り着き、シルビアとの出会いを果たすのです。
聖剣の勇者たちは光の女神と謳われるシルビアを迎え、ダルメス帝国への反撃を開始します。
それはまさに破竹の勢いでダルメス帝国に支配された国々を次々に解放し、わずか3ヶ月でダルメス帝国の皇帝を追い詰め、討伐に成功したのでした。」
この女、そんなに凄いやつだったのか・・・。
ふと、シルビアの横顔を覗き込むとその顔に笑顔はなく、寂しそうな横顔をしていた。他にプレゼンを聞いている人たちは嬉々とした表情をしているからその差が結構目立つ。
「しかし、最後のダルメス皇帝との戦いにおいて聖剣の勇者アレン・セルシアは相討ちとなって命を落すのでした。」
スクリーンの絵がダルメス皇帝とアレンが刺し違える絵に変わる。それに嬉々としていた聴衆の顔に陰りが差す。
「アレンの死はあったものの、これで世界を震撼させたダルメス帝国は滅び去りました。」
スクリーンが城の崩れる絵に変わる。続いて勇者と巫女たちが去っていく絵に変わる。
「勇者を失った巫女シルビアを始めとした聖剣の巫女たち4人は聖地グランディフィールドにて眠りに付き、ウォーレン・ルオンセは自国の復興のために、レオは人知れずに、それぞれフェスレドを去っていきました。
それから1年をかけてダルメス帝国の残党をフェスレド王国はアティニアを中心として一掃し、そして今から80年前、10年にもわたる長き大戦は幕を閉じたのでした。」
最後にスクリーンが地面に刺さったセケルステインの絵を映し出す。
「今も聖地グランディフィールドには4人の巫女とアレンの使用したセケルステインが眠っております。
聖剣が目覚め、新たな災厄が訪れないことをこれからも願います。」
もう目覚めちゃってんですけど。まぁ、ここで言ったら恐慌になりますな。
「ここでのプレゼンテーションは終わりです。ご清聴、ありがとうございました。」
説明のねぇちゃんがお礼を言って頭を下げる。それに聴衆から拍手が送られる。
結構、壮大そうな物語だな。スクリーンが白に戻る。本屋に行ったら何冊かありそうだな。
「よし、シルビア。次に行くぞ。」
悲しそうな顔のままだったシルビアに呼びかけるとにこっと笑顔を作って答えるのであった。
その笑顔にどこか違和感を感じた。あの80年前の出来事なんてあまり思い出したくなかったのだろうか。