BACK / TopPage / NEXT

2004.11.12


第5話・街(10)




 『シルビアの間』が最後の部屋だった。部屋を出た廊下を進むと最初のホールに戻ってきた。なんか図書室なんてものが見えるけど、今日の所は止めておこう。
 歴史資料館を出て、近場の公園に入る。
 「ふぅ。あんな部屋があるとはな。私の偉大なる美しさに愚民供が崇拝したくなるのも分かる気もするけど。」
 オイ。
 「騒ぎになる前に次に行こうぜ。」
 次は王城の前庭だったかな。
 「ストーカー行為されるのもイヤだし、さっさと行くか。」
 パンフレットによると、ここから徒歩30分くらいらしい。
 「あ、猫。」
 猫だ。猫が1匹、ベンチの上で丸くなって寝ていた。真っ白な猫だ。
 「なんか最近、しゃべる猫が出るんだってな。」
 前に雑誌を立ち読みした。
 「ふ〜ん。」
 何気なく見ていた猫があくびをしてこっちに歩いてきた。
 「なぁ、尻尾が3本に見えるのだけれど俺の目がおかしいのか?」
 猫のゆれる尻尾が3本に見える。
 「私にも3本に見える。」
 俺の目がおかしいわけではなかったようだ。
 「猫に尻尾が3本あるのっておかしいのか?」
 俺の知っている普通の猫には尻尾が複数生えていない。尻尾が2本あるのは猫又って言う妖怪だ。3本あるのはN○Kで放送していたアニメ(ヘナ○ンって言うやつの出てくる“カ”で始まる4文字のやつ)に出てくるミツアミ様だ。
 「普通の猫ならおかしいよ。魔獣の猫に似たやつなら何種類か尻尾がいっぱいあるのがいるけど。」
 やっぱり3本も尻尾がある猫っておかしいのか。
 「やぁ、調子はどうだい?」
 不意に声を掛けられた。誰から声が掛けられたのか一瞬、分からなかったけど。
 「十中八九、調子はいい方なのではないかな。」
 とりあえずいいかげんに答えてみた。
 「そうかい。それはよかった。」
 横でシルビアが眉間にシワを寄せて困った顔をしていた。
 「まぁ、いいか。猫がしゃべっても。俺、一也っての。あんたは?」
 逆切れして猫に話し掛けてみた。
 「あたしかい? この前はシルビアって呼ばれていたね。」
 猫が眉を吊り上げて少し驚いた顔をしながらそう答えた。
 「シルビア? こいつと被るからシロに改名しろ。」
 横で猫じゃない方のシルビアが驚いているのか固まってしまっているが気にしないでおこう。
 「シロ? そりゃ、安直な名前だね。」
 そうか?
 「白い猫なのだからシロだ。分かりやすくていいだろう? なんならホワイト(white:英語)とか、パイ(白:中国語)とかでもいいぞ。」
 何の捻りもないな。
 「シロでいいさ。あたしゃなんと呼ばれようが気にしないよ。」
 さよか。
 「んじゃ、シロと呼ぼう。それじゃ、シロ・・・。」
 さりげなくシロに手を伸ばして持ち上げる。
 「あらぁ?」
 シロが突然、捕まえられて変な声を上げる。
 「うぉ〜、猫だぁ! かわいい! いい毛並みをしているじゃねぇか。白いなぁ。思わず頬擦りしたくなるぜ。」
 実はこう言うかわいい動物に目がなかったりする。猫や子犬がいたら頭を撫でずにはいられないのだ。
 う〜ん、久しぶりの猫。アパートじゃペットは飼えなかったからなぁ。
 「頬擦りはやめてぇな。」
 しょうがないな。
 「あんた変わってるねぇ。あたしが声を掛けたら普通は驚いて逃げ出すんだけどね。」
 シロが俺に抱きかかえられながら何か言ってる。
 「おい、シルビア。そんな所で固まってないで撫でてみろよ。」
 シルビアがポカンと口をあけて間抜けな顔をしていた。俺に声を掛けられて我に帰る。
 「あんたら、変。」
 シルビアが眉間にシワを寄せてなんか言ってる。
 「あんたらって変なのはこの男だけだよ。あたしまで一緒にしないでおくれ。」
 シロがシルビアのセリフに抗議する。
 「おい、シルビア。これが噂の肉球だぞ。ほれほれ。」
 シロの前足の裏でシルビアの顔を突付いてみる。それにシルビアが眉間にシワを寄せて嫌そうな顔をする。
 「シロ。にゃあって鳴いてみてくれ。」
 「嫌だね。」
 シロが即答してきた。にゃあと鳴かない猫ってあれだな。
 「まぁ、いいか。この毛並みに肉球とにゃあって鳴かれたら離れられなくなってしまうぜ。そこまで要求しない方がいいな。うむ。」
 シロとシルビアが呆れたって感じの顔を俺に向ける。
 「ほら、カズヤ。そんな変な猫は捨てて次に行くよ。」
 俺的には庭園の花を見るより猫と遊んでいた方が楽しいのだがな。
 「もう少し遊ばせろよぉ。」
 とか言いながらシロの頭を撫でようとしたらシロが俺の腕から逃れて肩、頭の上へと移動した。頭の上に乗っかってシロが落ちつく。猫を被るとはこのことだな。
 「あんたら聖剣の勇者と巫女って言うやつだろ?」
 頭の上のシロがなんか言った。それにシルビアの顔が少し引きつる。
 「どうしてそう思ったんだ?」
 頭の上のシロに訊いてみた。
 「この背負っている剣が聖剣セケルステインじゃないか。それにあんた、あの博物館にたくさん写真が飾ってあったじゃないか。どうしてこんなに堂々と歩いているのに皆、気付かないかねぇ。」
 まぁ、それもそうなんだがな。シルビアが眉間にシワを寄せる。
 「しばらくついていってもいいかい? 久々に面白そうだよ。」
 頭の上のシロが嬉しそうな声を上げる。それにシルビアがシロの「はぁ?」とかって声を上げる。
 「次はどこに行くんだい?」
 そんなシルビアを他所にシロが頭の上から訊いてくる。
 「王城の前庭だと。観光パンフレットによると庭の西側にある水晶の噴水が見ものだとか。」
 フェスレド1のデートスポットだとか。
 「ああ、あの噴水かい。あそこはいつも人がいっぱいだよ。でもここ数日はあんまりいないんだよね。」
 人を見に来たのか噴水を見に来たのか分からないなんて嫌だからな。人が少ないのはいいことだ。
 「ほら、シルビア。すいている内に見に行くぞ。」
 眉間にシワを寄せたままのシルビアの腕を取って城へ向かう。
 「そんなにシワを寄せると元に戻らなくなるぞ。」
 それにシルビアが眉を吊り上げて俺の足の上に足を踏み降ろす。
 「ぎゃあああ!!!」
 尖ったヒールが!
 「ふん!」
 あのアマ、絶対にいつかる。絶対、泣かす!

 城が見えてきた所で観光客が少ない理由が理解できた。
 「なんか物々しいな。」
 なんか槍を持った兵隊さんがたくさんいるんだよ。
 「お城に泥棒が入ったんだってね。」
 俺の前を歩くシロがそんなことを言う。
 「何が盗まれたんだ?」
 訊いてみた。
 「盗む前に逃げたみたいだね。また盗みに来るんじゃないかって警戒しているのさ。」
 なるほど。
 「何を盗もうとしたんだ?」
 城に入ればそれなりに金目の物がたくさんあることだろうな。
 「聖剣セケルステインさ。」
 はい?
 「聖剣に選ばれた者にしか持ち上げられないってのにね。」
 その通りでございます。
 「そこのお前!」
 ん?
 「俺か?」
 きょろきょろと周りを見渡してみたが、俺の周りにはシルビアとシロしかいない。
 「そこの剣を背負ったお前だ。」
 なんか用か? 声を掛けてきた兵士に嫌そうな顔を向けてやる。
 「こんな所で何をしている。」
 こんな所でってなぁ。
 「このパンフレットに出てる水晶の噴水を見に来たんだよ。観光客なんだからこれを見ないわけにはいかないだろうが。」
 このパンフレットって字と簡単な地図しか載っていなくて、写真とかないのよね。
 「今日は公開していないぞ。また後日、出直してくるのだな。」
 えー。
 「おい、どうするよ。」
 隣のシルビアに訊いてみた。
 「どうするって兵士様に迷惑は掛けられませんわ。また後日と言うことにいたしましょう。」
 シルビアが猫かぶりモードで残念そうな顔をする。
 「ご迷惑をおかけいたしました。」
 今にも泣きそうな顔でシルビアが兵士に頭を下げる。それに兵士のおっさんが顔を赤く染めて引く。
 「あ、いや、本当に申し訳ない。来週になれば見れると思うぞ。」
 兵士のおっさんがおどおどしている。

 「見れないと言われると無性に見たくなるな。」
 王城近くの喫茶店にて。いつの間にかシロの存在に馴染んでしまっているのであった。
 「泥棒がいくらあれを盗もうとしても簡単に盗める代物じゃないのにねぇ。」
 シロが答えて赤い果物のジュースをストローで飲む。
 テーブルの上でしゃべる猫がジュースを飲む図って言うのがどのように他の連中の目に見えるのかって言うのはこの際、気にしないで置く。
 「月明かりに照らされた噴水も綺麗なのよってアティニア様が言ってた。夜は閉鎖されて一般公開されていないから王宮関係者しか見れないんだと。」
 シルビアがそう言ってコーヒー(らしき飲み物)をカップからすする。
 「いっそのこと忍び込むか。」
 俺は紅茶だ。
 「80年以上前のことだから今もあるか分からんけど、前庭に通じる隠し通路があったのを知っているぞ。」
 シルビアがそんなことを言う。
 「夜中11時くらいに見張りが交代するんだよ。」
 シロが3本の尻尾を振りながら言う。
 「それじゃ、今晩11時に作戦決行で。」
 シルビアとシロが俺の意見に頷いた。


BACK / TopPage / NEXT