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2004.11.12


第5話・街(11)




 午後10時30分。
 いまさらながら気付いたのだが、この世界における時間の概念は俺のいた世界と全く同じだった。時差ぼけとかにならなくていいな。
 「あった。80年も使ってなくて存在を忘れちゃってんじゃないの?」
 シルビアが言う。
 王城近くにあるちょっとした林の中にその入り口はあった。一見しただけではただの岩なのだが、それをずらすとその下に地下へ通じる階段があった。
 「長いこと使われた形跡がないね。」
 シロが先に階段を少し下りて言う。
 「それじゃ行くか。」
 シルビアが魔法で灯りを作り出す。空中に青白い光を放つ球がいくつか浮かぶ。
 「城まで30分くらいだからちょうど交代の時間に着くよ。」
 それはちょうどいいな。
 シロを先頭に地下道を歩いて行く。しばらく俺たちの足音だけが響く。

 「着いたな。」
 なんか茂みの中に立つ石像の台座の裏が出口になっていた。ここなら目立たないな。
 「それじゃ、ブツを拝んでやろうじゃん。」
 シルビアがうっふっふ、とか言ってなんか嬉しそうだ。
 「こう言う厳重な警戒態勢の中をこっそり忍び込むスリルはなかなか楽しいわ。」
 なるほど。
 「んで、どこに噴水があるんだ?」
 シルビアに訊いてみた。
 「私は知らんぞ。」
 ああ。ちょっと無計画過ぎたか。
 「あたしが知ってるよ。前にも見に来たことあるんだよ。」
 おお、さすがシロ。シロに道案内を頼もう。
 「それより、あっちの方がなんか騒がしいね。」
 そう言えばな。
 「泥棒でも入ったかね。」
 不法侵入って言うんなら俺たちもだけどな。
 「そっちの方が都合がいいんじゃねぇのか? 向こうに注目が行ってこっちは動きやすくなるってものよ。」
 茂みから出てみたが、警備兵がいる気配はない。
 「それもそうだね。噴水はこっちだよ。」
 月の綺麗な夜だ。灯りが要らないくらいだ。シルビアが魔法の灯りを消す。
 月と言えばこの世界も月が1つだ。空に青白い大きな月が見える。この世界の月もちゃんと満ち欠けする。今日はちょうど満月だ。
 でかいな。でかい月だ。腕を伸ばしたら両手で隠せないものな。
 近いのか大きいのか。
 俺のいた元の世界でも大昔は月が地球に近くて大きかったとかって話だけど、本当なのだろうか。
 シロは白いから暗い道でも目立って見失わなくていいな。シロの白い背中に案内されながら月明かりの庭を進む。
 なかなかの庭だ。ちゃんと手入れの行き届いた花々が垣根になって生えている。
 う〜ん、今日は月が綺麗だ。
 「あ?」
 なんか丸い月の中を何か黒い影が横切った気がした。
 「何か見つけた?」
 シルビアが俺の声を聞きつけて小声で訊いてくる。
 「ん? 多分、なんでもない。気のせいだと思う。月の中に影が横切ったんだ。フクロウかなんかだろ?」
 シルビアが首をかしげる。
 「フクロウって知らないか?」
 シルビアが頷く。
 「夜行性の鳥でほーほーって鳴くんだよ。」
 この世界にフクロウってのはいないのか。
 「夜行性の鳥って言うんだったらブークーだな。ゲーゲーって気持ち悪い声で鳴くのよ。」
 それはそれは。
 「んん? カズヤってフクロウを知っていてブークーを知らない人間なの?」
 シロが立ち止まって訊いてくる。
 「ああ。俺ってこの世界の出身じゃないから。」
 う〜ん、つまずいてこけたらこの世界にいたって言うしゃれにならない話よ。
 「なんて国から来たの?」
 こいつに言って通じるのかな?
 「日本って国だ。」
 この世界で1ヶ月過ぎたけど、いまだに帰る気にならないな。
 「ああ、太平洋の左端にある島国かい。言葉が一緒なんでびっくりしただろ。」
 はい?
 「お前、日本を知ってんのか?」
 これはびっくり。
 「言葉は日本語と一緒なのに人の名前は西洋風って変な所だよね。」
 シロっていったい。
 「あたしも90年もこの世界でふらふらしているけど、いい所だよ。退屈だけはしないからね。」
 それはそれは。
 「ん? お前、90年って言ったか。いったい何歳なんだよ。」
 そんな長寿の猫ってどう考えても妖怪。
 「100歳を過ぎてから数えるのを止めたからね。いったい何歳になったのやら。」
 おいおい。シルビアが横で目を見開いて驚いた顔をしている。
 「ちなみにこの女は101歳だぞ。誕生日は9月19日。そして、俺の誕生日が7月17日だ。結構、覚えやすいと思わないか?」
 なんか時計だけじゃなく、カレンダーも同じっぽいんだよね。1年365日っぽい。閏年や閏秒はあるのだろうか。後で訊いておかねば。
 「そうかい。あたしは誕生日なんて忘れちゃったね。」
 それはお気の毒に。誕生日を言い訳にプレゼントをねだれないとは。
 「んじゃ、来年は俺たちの出会った今日、11月1日を祝ってやろうじゃないか。111って覚えやすいこと。」
 111って覚えたら1月11日と間違えそうだが、まぁ、大丈夫でしょう。
 「来年のこの日もあんたたちといるとは限らないけどね。猫は気まぐれだから。」
 まぁ、その時はその時だ。
 シロがなんか嬉しそうに3本の尻尾を振りながら歩き出す。

 「おお。これが水晶の噴水か。」
 おお。月明かりがいい感じに照らしている。
 「ほぉ。昼間、見たのと大分違うね。」
 シロが感嘆の声を上げる。
 「わぁ、綺麗・・・。」
 シルビアも喜んでいるようだ。
 この噴水って水が派手に噴き上がるようなやつじゃないのね。透明な水晶のオブジェを水が流れている。
 曲線はなく直線だけで構成されたオブジェクトが月の光を通して幻想的な姿を見せている。
 王宮関係者しかこの夜の姿を見れないのはもったいないな。
 そんな美しい噴水に見とれていて囲まれているのに気付くのが遅れてしまった。
 「なぁ、なんかいっぱい視線を感じるんだけど気のせいか?」
 さりげなくさりげなく。
 「え、えっと、私の熱狂的な崇拝者たちじゃないのかな?」
 なんかシルビアが言ってる。
 「素直に兵隊さんに囲まれているって現実を見なよ。」
 ああ・・・。
 「お前たち、こんな所で何をしている!」
 兵士の1人が声を張り上げる。
 「何をしているって男と女が2人きりでやることなんて限られてくるだろうが。そんなことも分からないのか?」
 シルビアをさりげなく抱き寄せつつ、後ろの兵士に返事してやる。
 「こんな所で逢引なんてふざけてんのか?!」
 別にふざけてないぞ。
 「この月明かりに照らされた水晶の噴水が隠れた名スポットって言うの知らないのか? 今日は満月で絶好のチャンスじゃないか。ここは見逃してくれよ。」
 一般に公開されていないのだから隠れたって言うか、名スポットにはならないような気がするのだが。
 「そんなこと言っても言い逃れはできんぞ。さっさと盗んだ物を返してもらおうか。」
 盗んだ物?
 「俺たちは何にも盗んでないぞ。」
 これは事実。
 「黙れ。お前の背負っている剣が何よりの証拠だ。」
 え?
 「おい、どうするよ。」
 シルビアに小声で訊いてみた。
 「どうするって、私の魔法なら逃げられるけど。」
 ああ、瞬間移動の魔法を使えばな。
 「逃げちゃうか? シロ、こっちに来い。」
 シロに声を掛けると素直に俺の頭に乗っかる。
 「1人は魔術師だ! 逃げられないように結界を張れ!」
 え?
 不意に周囲の気配が変わった。
 「げ、結界を張られた。私1人なら何とかなるけど、お前と一緒じゃダメだ。」
 ああ。
 「ちぃ、マジでどうする?」
 面倒だけど蹴散らして逃げるって言う手もあるぞ。
 「蹴散らして逃げるのは?」
 シルビアもその意見に賛成か?
 「別にそんなことしなくても勇者だってばらしちゃえば?」
 頭の上のシロが無責任になんか言ってる。
 「待て。それはちょっと問題があるんだよ。まだ勇者が現れてしまったなんてことが世間に知れたら大変なことになっちまうんだよ。」
 俺みたいなやつが聖剣の勇者だなんて知れたら恐慌を起こしちゃうぞ。
 「詰め所に素直に行って外部に漏らさないって約束させてこっそりばらせば?」
 なるほど。この分厚い包囲網を突破するより簡単そうだな。
 「結構いい意見だと思うのだが、他にいい意見はあるか?」
 シルビアが首を横に振る。シロの意見を採用するか。
 シルビアの腰から手をどけて振り返る。
 「大人しく捕まってやるよ。」
 両手を挙げて降参の意を示す。
 「先に剣を渡してもらおう。」
 まぁ、先に盗まれた物を取り返そうとするのは当たり前だよな。背負っていた剣を肩から外す。
 「めちゃくちゃ重いから気をつけろ。」
 両手で持って兵士に鞘ごと差し出す。
 「早くよこせ。」
 そんなこと言って取りに来た兵士は片手で受け取ろうとする。
 「待て。この剣はお前が考えているほど軽い物じゃない。」
 そう言うともう片方の手も出してきた。
 「それじゃダメだ。もっと腰と下半身に力を入れて構えろ。」
 それでもダメなんだけどな。
 「早くよこせ。」
 兵士ががしっと剣をつかむ。
 「放すぞ。」
 俺が手を放した瞬間、剣の重みに兵士の腰が鈍い音を立てて折れ曲がる。

 ご愁傷様。


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