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2005.3.6


第6話・城(1)




 「スゲー所だな。」
 ベランダの手すりに背中を預け、首だけ回して下の庭を眺める。
 「そりゃ、世界の中心地フェスレドの王城だもの。凄くなきゃ示しがつかんだろうが。」
 シルビアがなんか言ってる。
 「いやぁ、聖剣の勇者だと分かったとたんVIP待遇ってばいい身分だね。」
 シロが手すりに飛び乗ってこっちにやってくる。
 「運のいい猫だなぁ。俺らについていくとか言った次の日から王城でVIP待遇だぜ。」
 今朝はメイドさんにブラッシングされて白い毛並みが一段と輝いて見える。聖剣の勇者のツレってことで尻尾が3本もあってしゃべったとしてもメイドさんは全く不思議に思わなかったようだ。
 「それはたまたまよ。まぁ、いつかはこうなるだろうと思っていたけど。」
 あはは、とかって笑う白い猫。まだ、にゃあ、と鳴いたのを聞いたことがない。
 「私が麗しの聖剣の巫女様だってばれちまったからには多少の混乱は免れないだろうな。」
 シロが猫だからか猫かぶりモードにならないシルビアであった。
 俺みたいな何のとりえもないやつが聖剣の勇者になってしまうし、災厄がなんなのか分からないしって状況で聖剣の勇者が現れました、なんて言って世間を混乱させたくないと言う建前で勇者ってことを隠していた。しかし、不法侵入の取調べでばらさずにはいられなかった。
 建前って言うのはシルビアが聖剣の巫女という象徴と自分の美貌で民衆に崇められるなんてことになるのがうっとうしかったと言うのが本当の理由らしい。聖剣の巫女ですってばれただけで崇拝の対象になるとは思えないかったのだが、80年前の戦時中は実際に光の女神とか言われて新興宗教の崇拝対象にされてしまったのだとか。シルビアが「私の美貌を愚民供が崇拝せずにはいられないんだわ」とか言っていた。もちろん、俺とシロで「はぁ?」って呆れた顔をしてやった。
 「私、これからこの城の魔術師連中に魔法の手解きする約束があるから行ってくるわね。」
 シルビアに手を振って見送ってやる。
 「う〜ん。いくらVIP待遇でも暇なんだよな。何か面白そうなことはないかな?」
 シロに訊いてみた。
 「キッチンに行っておやつをねだってくるって言うのはどうかしら?」
 シロがにやりと笑う。ここまで表情豊かな猫っていうのもなんか普通じゃないな。
 「それがいいな。よし、キッチンに行こう。」
 ちょうどもうすぐ3時だしな。3時のおやつなんて何年ぶりだろう?
 この城のキッチンは1階にある大広間の近くらしい。大広間で盛大にパーティーを催したりするとのこと。俺たち聖剣の勇者が現れたことは災いがなんであるか分かるまで秘密ですよってことで俺たち歓迎のパーティーは盛大に開かれることはなかった。身内だけでこっそりとそれなりに豪華な夕食をいただきました。う〜む、さすがは宮廷料理。美味であった。
 シロを腕に抱いて早速キッチンへ向かう。

 階段を下りている途中で、別にキッチンまで行かなくてもメイドちゃんにお茶を頼めばよかったじゃん、なんて思ったけど、戻るのもあれだし、とりあえずはキッチンまで行くことに。
 「あ、シルビア。」
 階段を下りて中庭が見える所でシルビアがナンパされている所に出くわしてしまった。部屋のベランダから見えた中庭でシルビアが銀色の鎧に赤いマントとか言う物凄い格好をした金髪野郎にナンパされていたのを見つけたのだ。向こうからこっちは柱の影になって見えない。
 「なんだ、あの男は。」
 シルビアは笑顔の猫かぶりモードのまま、野郎の触れようとするのをさりげなく交わしている。その気がないのならさくっと断ればいいものを。
 「喰らえ! ネコバズーカ!!」
 「およ?」
 説明しよう!
 ネコバズーカとは手元の猫を投げつけるちょっと外道な中距離攻撃だ。
 まぁ、たまたま手元にちょうどいい投げられるものがシロしかなかったと言うだけの話なのだが。
 シロが空中で器用に回転して金髪野郎の横っ面に後ろ足で蹴りを入れる。まさにクリーンヒットで金髪野郎が吹っ飛んだ。
 「さすがだ! ネコバズーカ!」
 人の女に手を出すからこんな目に遭うのだ。うはははは!
 「あら、カズヤ様。」
 中庭に入ってきた俺にシルビアが気付いて声をかけてくる。その足元にはシロに踏みつけられた金髪野郎が重い鎧に四苦八苦して起き上がろうともがいている。
 「なんだ、こいつ。」
 やっと上半身を起こそうかと言う所に蹴りを入れてやる。
 「この城の王宮騎士様ですわ。」
 騎士か。なるほど。そんな感じの格好だな。
 金髪野郎がぐっと足を上げて首跳ね起きの要領で起き上がる。結構、器用だな。
 「貴様! この私に向かって無礼だぞ!」
 顔を赤くして腰の剣をつかみながら金髪野郎がほえてきた。
 「ただの城仕えの分際でこいつをナンパする方が無礼だ。」
 金髪碧眼に白銀の鎧と赤マントってな。よくあるファンタジーに出てくる美形キャラっぽいな。
 「貴様! ただ特殊な剣が扱えると言うだけでちやほやされているようなお前がこの私を侮辱する気か!」
 まぁ、ただ特殊な剣が扱えると言うだけでって言うのは真実よ。本当にあの剣が使えるって言うだけで何にも特技なんてないものな。剣術も素人だし。
 「おい、シルビア。こんなアホは放っておいて行こうぜ。確か、約束があったんじゃなかったか?」
 なんか城の魔術師たちに魔法の手解きをするとか何とか。
 シルビアの腕を引いてその場を立ち去ろうとする。
 「待てぃ! 聖剣の勇者として、シルビア様に相応しいのはこのアティニアの曾孫であるこのアニスだ!」
 なんか叫んでるぞ。
 「曾孫がなんだ。ほえるな。」
 曾孫か。シルビアが封印されていた80年と言う歳月を感じるな。
 「私と決闘をしろ! 勝った方がシルビア様に仕えるのだ!」
 アホだ。
 「カズヤ様。この決闘に勝って私を喜ばせてくださいませ。」
 シルビアがにこっとか言って俺の腕を引く。
 「えー、面倒臭い。」
 「逃げるのか! 臆病者!」
 逃げるって。
 「聖剣の勇者とあろうカズヤ様が逃げるのですか?」
 シルビアがわざとらしく目を見開いて驚いた顔をする。シロがその肩に飛び乗ってにかっと面白がっているような顔をする。
 こいつら・・・。
 「ちぃ。そっちから決闘を申し込んだんだからな。俺のセケルステインの錆になっても知らんぞ!」
 秒殺だ。秒殺。
 「待て。一応、お前は今の所、王の大事な客人なのだからケガをさせるわけにはいくまい。練習用の刃を潰した剣で決闘をしようではないか。」
 はい?
 「練習用の剣ならば誤ってお前を殺してしまうこともないだろう。まぁ、多少のケガはしょうがないとしてな。」
 ああん?
 「カズヤ様。それで決闘を受けましょう!」
 シルビアとシロが楽しそうな顔をしている。人ごとだと思ってこいつらは・・・。

 結局、決闘を受けることに。
 ここは城の中にある騎士たちが試合をしたりするために作られた部屋だ。石造りのステージの周りに観客席がある。今日の観客はシルビアとシロしかいない。
 「2人ともがんばってください!」
 シルビアがなんか言っている。それに金髪野郎が白い歯をキラーンとか言って光らせ、手を振って応える。
 「さぁ! 始めようか!」
 ここに来る途中、シロに聞いたのだが、試合はお互いに1度、剣を合わせてから始めるのだとか。剣を合わせるってよく分からなかったのだが、剣道みたいに剣を前にして構えたら金髪野郎が軽く俺の剣を剣で叩いてきた。試合開始らしい。
 「だぁ!!」
 金髪野郎がいきなり突っ込んできた。
 「!」
 速い!
 とっさに剣を打ち付けて突進を止める。しかし、鍔迫り合いは分が悪い。なんと言っても1ヶ月前まで帰宅部の運動不足人間だったのだから騎士として毎日鍛錬していたこいつに腕力で勝てるはずがない。
 「うぉ!」
 力負けして弾き飛ばされてしまった。尻餅をついた所に金髪野郎が追い討ちをかけてくる。
 「聖剣の勇者とか言ってもこんなものか?」
 とっさに横に転がって交わす。金髪野郎の振り下ろした剣が石畳を砕いた。本気で打ち込んでやがる。
 「こなくそ!」
 起き上がって数歩助走をつけた突きをくれてやる。
 「うぉ?!」
 余裕で交わされた。
 こんなはずでは!
 横薙ぎに金髪野郎の剣が腹に入る。
 「ぐは!」
 もろに入って場外まで殴り飛ばされてしまう。
 「きゃあ! カズヤ様!」
 シルビアが悲鳴をあげて駆けつけてくれる。しかし、様付けって猫かぶりモードのまま。心の底から驚いているのではなさそうだ。
 シロは剣に打たれた俺に腹をぺしぺし叩いてケガの具合を見ている。痛いけど骨が折れたとか言う感じではなさそうだ。しかし、青痣にはなってそうだなぁ・・・。
 ああ。やられた・・・。なぜだ。
 「ふん。聖剣の勇者と言うわりにはたいしたことはなかったな。」
 ごもっともです。
 「さぁ、シルビア様。こんな男は放っておいて私と共に行きましょう。」
 シルビアが立ち上がって金髪野郎に向かって歩き出す。
 「し、シルビア?」
 え、マジで行っちゃうの?
 引き止めようと腹の痛みをこらえて起き上がる。そして見たシルビアの右手に俺の使っていた剣が握られていた。
 「次は私がお相手いたしますわ。私に勝てたら好きになさって結構よ。」
 シルビアがにこっと金髪野郎に笑顔と剣先を向ける。
 「そ、そんな。私にはあなたに剣を向けることはできません!」
 平気で女に剣を向けるほどの男ではなかったらしい。マジで慌てている様子だ。
 「そんなことをおっしゃるなら少し後悔させて上げますわ。」
 次の瞬間。金髪野郎の持っていた剣が高く跳ね上げられた。
 ほんの一瞬でシルビアが移動した。
 金属と金属の打ち合わされた音が響いている。
 シルビアが下から金髪野郎の持っていた剣を叩いて飛ばしたらしい。
 しばらく誰も何が起こったのかわからなかった。
 「気を抜くとこんな練習用の剣でも死にますわよ。」
 金髪野郎の首筋をシルビアが剣で軽く叩く。引きつる顔の金髪野郎から少し離れた所に剣が音を立てて落ちる。


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