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2005.3.6


第6話・城(2)




 「つよ・・・。」
 あの後、仕切りなおしたのだが、全く勝負になりませんでした。金髪野郎は騎士の鎧を着ているのにボコボコに叩きのめされて場外で失神してしまっている。
 「師匠と呼ばせてください!」
 あまりの強さに感動して土下座してみたり。
 「騎士であり、アティニア様の曾孫と言うあなたのような高貴な血筋に私のような商家出の小娘なんて吊り合いませんわ。ごきげんよう。」
 シルビアの本心を直訳すると、下級騎士でババァの七光にかまけているような腐ったお前なんかに高貴で美しい私と肩を並べようなんて片腹痛いわ、になると思われる。
 まぁ、失神しているみたいだから聞こえているのかどうかは分からないけど。
 シルビアが気絶している金髪野郎の横に剣を投げ捨て、部屋を出て行く。
 「師匠! 待ってください!」
 慌ててシロと一緒にシルビアの後を追う。
 「師匠なんて呼ぶな。虫唾が走るわ!」
 部屋を出てシルビアと俺、シロだけになった所でくわっと本性を現す女。
 「アティニア様の後光に頼り切った下級騎士のクソ野郎が世界最高の美を身にまとう私に手を出そうなんざ世の中腐りきっているわね。」
 予想と似たようなもので、こっちの方が酷そうで。
 「そもそもあんな雑魚に負けてんじゃねぇよ! それでも聖剣の勇者か?! お前にボコられてボロボロに泣くキザ野郎が見てみたかったのに!」
 そんなに責めてくれるな。
 「いやぁ、セケルステインがなきゃ何にも取り得がないって実感したわ。」
 わっはっは。泣けてくるな。
 「こんなに弱いなんて予想外だったわ。国王のおっちゃんに言って秘密裏に特訓してもらうか。」
 国王のおっちゃんって。まぁ、おっちゃんと言えばおっちゃんなんだけどな。
 「私は行くけど、今日の所は部屋で大人しく筋トレでもしてろ。」
 ああ。鍛えねばな。
 シルビアがスタスタと行ってしまう。
 「あんたみたいに弱い勇者なんて歴代初じゃないのかね。」
 シロが俺の頭の上に乗ったまま何か言ってる。
 「んなもん最初から分かり切っているようなものだがな。なぁんにも武術の経験なんてないのだからな。」
 中学校から帰宅部で運動なんて学校の授業くらいしかやらなかったし、大学に入ってからはもう登校で歩くくらいしか何もしてない。太らない体質だからいいようなものだな。
 その後、部屋に入って素直に筋トレするのであった。

 その夜。
 「城仕えの魔術師って言ってもたいしたことないのがそろっていたわ。初歩の初歩から教えなきゃならんなんて、全くうざってぇのなんの。」
 シルビアが夕食の席で愚痴をこぼす。
 「初歩の初歩って。」
 一応、城に仕えているわけだからそれなりに魔法が使えるのではなかろうか。
 「あいつら、精霊の呼掛けもまともにできないって。精霊の呼掛けなんて初歩の初歩よ。」
 精霊の呼掛け?
 「何それ?」
 訊いてみた。
 「ん? 教えて欲しい?」
 シルビアがもったいぶって言う。
 「そう言えばカズヤってこの世界の出身じゃないから魔法についてほとんど知らないんじゃない?」
 シロがそう言って皿に載った生肉をかじる。生魚より生肉の方が好きなんだと。さすがは化け猫。
 「ああ、そう言えばね。基礎の基礎くらい教えておいた方が便利か。」
 何に便利なのか嫌な予感がするのだが。
 「魔法ってひとまとめに言っても結構、いろんな種類があるのよ。一番ポピュラーなのが精霊魔法と神威魔法と物質魔法の3つね。私がよく使うのは精霊魔法ね。私って天才だから神威と物質も使えるけど、一番使い勝手がいいのが精霊魔法なのよね。」
 なんか、ファンタジーの世界設定を説明しますみたいなのが始まったな。それとなく聞き流しておくか。
 「それで、精霊魔法の初歩の初歩ってやつが精霊の呼掛けなのよ。この世界のありとあらゆる場所に存在する精霊に呼びかけて力を貸してもらおうとする儀式のことね。」
 ああ、シルビアが魔法を使う時に言う呪文に出てくる、何とかの精霊よ、とかってやつだな。
 「あたしも少しだけ精霊魔法を使えるよ。」
 シロがなんか言ってる。
 「マジ?」
 魔法を使う猫って・・・。
 「結構の簡単だったのよ。こっちの世界に来て2年でマスターした。」
 はぃ?
 「炎たち、ここにつどい、姿を見せておやり!」
 シロがそう呼びかけると空中に炎が出現した。そして数秒、空中を漂って霧散して消えた。
 「おぅ。」
 さすがのシルビアも驚いた様子。
 「精霊魔法を使う第一歩は精霊の存在を知覚することね。」
 シロがそう締めくくって何事もなかったように食事を再開する。
 「シロ。お前って何者?」
 尻尾が3本あるし、しゃべるし、魔法使うし。
 「さぁ、何かな? ただのしゃべる猫さね。」
 嘘だ。絶対にウソだ!
 「まぁ、いいか。」
 俺も何事もなかったように食事を再開する。シルビアだけが復帰できない。
 「ま、90年この世界にいるって言っていたからだいたいの検討は付いてるわ。これと言って害もなさそうだし、見逃しといてあげるわ。」
 シルビアが鼻息荒くそう言って食事を再開する。シロはそんなシルビアににかっと笑顔を送って生肉をかじる。
 「まぁ、精霊魔法は分かったよ。他のは?」
 あまり聞かないね。精霊魔法は色々とファンタジー小説に出てくるから想像はできたのだけれど。
 「ああ、神威魔法って言うのは神様の力を借りて奇跡を起こす魔法のことで、物質魔法は世界を構成する物質を機械とか特殊な装置を使って操作する魔法のことよ。教会とかにいるお坊さんが使う魔法が神威魔法で、人里離れた山の中とかで怪しげな儀式をやっている根暗が使う魔法が物質魔法よ。精霊魔法に比べてメンドーなのよね。」
 坊さんの使う魔法と根暗の使う魔法か。
 「ちなみに、魔法を使う人を全般的にウィザードって言うの。そこから主に使っている魔法の系統で呼び方が分かれていて、精霊魔法を主に使うのがシャーマン、神威魔法を主に使うのがプリースト、物質魔法を主に使うのがアルケミストって言うの。」
 シルビアは精霊魔法を主に使うって言うからシャーマンなのだろうか。てか、アルケミストって錬金術師じゃん。魔法使いなのか?
 「私は精霊魔法の他にも神威や物質とか色々と使うからあんまり細かいこと言わないでウィザードって言うのね。」
 シャーマンじゃないのか。
 「その他にも色々あるんだよな?」
 ポピュラーなのがあの3つなのだから一般的でない魔法が他にもあると言うことだ。
 「そうね、闘気魔法って言うのも結構有名ね。人が元々体に備えている能力を鍛錬と精神集中でコントロールして通常よりも凄い肉体能力を得る魔法って言うやつ。剣士とか格闘家とかって言う人たちがたまに使うわね。」
 気功ってやつだろうか。
 「あと綺麗なのでプリズムマジックって言うやつね。プリズムって言う特殊な方法で生成した色のついたガラスの塊に光を通して奇跡を起こすって言うやつ。プリズムがあれば精霊魔法より疲れなくていいからよく使ったわね。」
 光を通してって光がなければダメなんだな。
 「あとは暗黒魔法ってやつがあるね。」
 シロが口を挟んでくる。
 「あのダルメス帝国の悪魔軍団が使ったって言う気持ち悪いやつね。似たようなやつで死霊魔法って言うのがあるけど、あれは気持ち悪くて手を出す気にはならなかったわね。」
 シルビアが嫌そうに身震いしている。名前から察するに、ゾンビとか幽霊とかを作ったり、操ったりする魔法なのではなかろうか。
 「いや、暗黒魔法と死霊魔法は全く違うものよ。暗黒魔法に死体や死霊を操るのもあるけど、一部でしかないから。まぁ、この世界の人間には使えない魔法だけどね。」
 シロがあたしは使えるけどね、とか言いそうな口調で言う。
 「あ、そうそう。ここの騎士も魔法をちょっと使うみたいね。」
 シロがそんなことを言う。
 「見た感じ、精霊魔法と闘気魔法を少々と言った所だね。防御系、回復系、肉体強化系と言った所かね。」
 見た感じってどこで見たんだよ。
 「あ、カズヤもそれくらいは使えた方が便利か。暇があったら教えてあげるわ。」
 それはそれは。
 「でもあの世界の出身じゃ、精霊魔法はちょっと大変だよ。」
 シロが夢をぶち壊すようなことを言う。
 「ん? ちょっとテストよ。ここに精霊を呼ぶから、どんな精霊が来たか答えろ。」
 シルビアが空中を指差す。
 「これは?」
 え?
 「これって、何かいるのか? そこに。」
 何も見えん。空気があるだけだ。
 「え。何か気配とか感じるだろ?」
 気配?
 「いや、別に・・・。」
 シロには何かが見えているのか目があっちに行ったりこっちに行ったりしている。
 「本当に分からんのか?」
 シルビアが眉間にシワを寄せる。
 「もうちょっと存在感を強くしてみるか。・・・。これは?」
 何か変わったのか?
 「う〜ん・・・。」
 全然、分からん。
 「これがわかんないの?!」
 驚くようなことなのかよ。
 「だから言ったでしょ。あの世界の出身じゃちょっと大変だよって。」
 シロがやれやれと言ったふうに言う。
 「こんなのはどう? 魅惑の精霊。あんたみたいなスケベな男は好きかなって。」
 ん?
 「そう言えばそこはかとなく空気にピンク色が見えるような見えないような。」
 おお、なんかいるのか。いるっぽいぞ。
 「そのくらいにしか見えないの? ちょっとサービスして特別にグラマーなのを呼んだんだけど。」
 グラマー?!
 「全裸のねぇちゃんとか?!」
 必死になって見ようとする俺。
 「ぐぐぐぐ。」
 見えん。
 「あ、そうか。そうやって見よう見ようと緊張すると余計に見えなくなるんだよ。リラックスして目で見るんじゃなくて存在を感じるのよ。」
 存在を。あのシルビアの指差す空中に全裸のねぇちゃんの形をした魅惑の精霊とやらが存在する・・・。
 「・・・。」
 ・・・。
 「ここしばらく全裸のねぇちゃんなんて見てないからイメージが。シルビア。ちょこっと見せて。」
 パーンッといい音が鳴る。
 冗談の通じねぇ女だな。


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