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2005.3.6


第6話・城(3)




 次の日、昼飯を終えてぼーっとしている所で部屋のドアがノックされた。
 なんだろう?
 シルビアは昨日と同じく城の魔法使いたちに魔法の手解きをしている。それが終わって帰ってきたのだとしてもあいつはノックなんてしない。
 「はい。開いてますよ。」
 ドアに向かって返事をしたら銀色の鎧に赤マントと言う昨日の金髪野郎と同じ格好をしてクチヒゲの立派なおっさんが部屋に入ってきた。
 「カズヤ様でありますか?」
 予想外のおっさんの登場に緊張して姿勢を正しながら頷く。
 「私、フェスレド王宮騎士団第3班の副班長をしておりますギアトと申します。カズヤ様の剣術訓練を看るように言われて参りました。」
 クチヒゲのおっさんが直立不動の姿勢で言う。
 「あ、どうも。」
 シルビアが手配したんだな。昨日の今日って結構、対応が早かったな。
 「早速ですが、これから稽古に参りましょう。」
 はい。

 ギアトに連れられて裏庭にやってきた。剣の訓練にはちょうど良さそうな場所だ。
 「まずは準備運動をいたしましょう。剣を持ってください。」
 金髪野郎と決闘した時に使ったような刃を潰した練習用の剣だ。
 「まずはこうして剣を振り回してください。」
 両手で剣を持って体を捻ってぐーるぐーると大きく振り回す。4回まわしたら逆も。そしてまた逆に。数十回繰り返す。
 「次は肩に担いで足の屈伸です。」
 剣を肩に担いで両膝を曲げてしゃがむ。なんか背筋が伸びて太腿がつらい。
 「次はふくらはぎを伸ばしてください。」
 アキレス腱伸ばしだな。反動をつけずにぐーっとゆっくり伸ばしてやる。
 その後、ストレッチ運動を含めた準備運等をしばらく行う。

 「それでは素振りに参りましょう。上段から正面に振り下ろしてください。」
 とりあえずやってみる。
 「あ。それでは手首を傷めてしまいます。慣性で流れてしまわないように下まで来たらぐっと手に力を入れてください。」
 なるほど。言われた通りにやってみる。
 「緊張したままでは動きが鈍くなります。振り下ろす時には腕をあまり緊張させないように。」
 「お腹に力を入れて。」
 「振り下ろす時には息を吐きながら。」
 などなど的確にアドバイスをしてくれる。なかなか教えるのが上手い。すぐに激昂するような熱血教師ではなくてよかった。

 いくつかの型で素振りをしていると空が赤くなってきた。もう日暮れですな。
 「今日はこの辺で止めにしましょう。」
 ああ、やっと終わった。休みなしで何時間していたんだ?
 「今日はありがとうございました。」
 感謝の言葉を忘れてはいかん。
 「いえいえ。こちらこそ何かご無礼はありませんでしたかな。」
 頭を下げられてしまった。
 「いえ。教え方が丁寧なのでためになりました。」
 シルビアとは大違いだな。
 そのシルビアはどこで剣術なんて習ったのか。あいつって魔法使いなんだよな。
 「また明日も面倒を看ていただけますでしょうか?」
 とりあえず訊いてみた。
 「私の様な者でよろしければ喜んで。」
 それは幸い。
 「明日の約束とかいただけますか? 暇な時でいいのでお願いします。」
 早朝トレーニングだけはやめて欲しいのだが。
 「なんなら私共、騎士団の訓練に混ざってみてはいかがですかな?」
 はい?
 「無理です。はっきり言ってまともに剣を振ったのは今日の素振りくらいなものですよ。毎日訓練をしている方たちに混ざってしまってはご迷惑になるでしょう。」
 基礎体力に大幅な違いがありそうだからな。
 「それではこの春から訓練を始めた見習い騎士に混ざってはいかがでしょうか。」
 この春って。
 「春って何ヶ月前なんです?」
 仮に4月からとしても今月はもう11月だからかれこれ半年以上の空きが。
 「7ヶ月前ですか。まぁ、7ヶ月なんてたいしたことはありませんよ。」
 たいしたことあるってば。
 「ちょっとだけ混ざってみようかなぁ〜、なんて。」
 多分、最初の1年くらいは基礎体力訓練ばかりやっているのだろう。
 「それがよろしいでしょう。明日の6時、兵舎裏です。」
 6時?
 「夕方の6時?」
 夕食前にちょっと? それとも早めの夕食を食べてから深夜まで?
 「いえいえ。朝6時です。」
 ガーン。
 「朝っすか。」
 眠い。
 「それでは明日、お待ちしておりますぞ。」
 では、とか言ってギアトさんが行ってしまう。
 約束したからにはサボるわけにもいかんしなぁ・・・。
 今日は早く寝よ。

 次の日の朝。
 「とぅ、起きろ!」
 「ぐはぁ!!」
 今日はフライングボディープレスか!
 容赦ねぇな。
 「普通に起こせ!」
 上に乗ったままになっていたシルビアを殴ろうとしたが、横に転がって交わされてしまった。
 「お前みたいなガキを起こすのはこのくらいの方が早いんだよ。」
 シルビアが得意げに説明する。
 あんな起こし方をするシルビアと俺とではどっちがガキっぽいと訊いたら10人中8人くらいはシルビアの方がガキっぽいって答えるに違いないだろう。
 「ほら、6時まで15分しかないぞ。」
 部屋の時計が5時45分を指している。
 「のぉ!」
 ジャバジャバと顔を洗って部屋を出る。部屋から約束の場所である兵舎裏まで急いでも10分かかると言う道のりだ。かなり遠い。少し小走りで急ぐ。昨日、場所を確認しておいてよかった。
 「おはようございまぁーす!」
 今まであまり意識しなかったが、この世界はあいさつまで一緒なんだよな。あまり気を使わなくて楽だね。
 「おはようございます。もう間もなく始まりますよ。」
 俺のあいさつに昨日のギアトさんが答えてくれる。兵舎裏の広場にはすでに結構な数が集まっていた。まぁ、俺みたいに駆け込んでくる連中も結構いるけど。
 「おはようございます。貴方がカズヤ様ですかな?」
 腹の少し突き出たおっさんがやってきた。
 「あ、はい。」
 広場に集まっている若者連中に混ざってこんなおっさんが1人だけいるのだからコーチか何かなのだろう。
 「始めまして。私が見習い騎士の訓練教官をしているモートだ。」
 やはりか。
 「一也です。今日はよろしくお願いいたします。」
 一応、腰を折って軽く礼をしてやる。
 「想像よりだいぶ細いですな。私の訓練は相当きついですぞ。」
 ああ、体育会系の朝練ですか。これが嫌だからと言う理由で運動部に所属しないで今まで来たのに。あはは、と愛想笑いをしておく。

 見習い騎士連中に混ざってみた。ざっと見渡した感じ、男3対女1くらいの割合でちゃんと女が混ざってる。年齢層は見た限りでは俺と同じか、それより下ばかりだな。俺より年上そうなのはいないな。下手すれば俺が最年長ではなかろうか。まぁ、いくら俺より若い連中ばかりとは言っても最低でも高校生くらいの顔をしている。
 「おい。お前、聖剣の勇者なんだって? 本当か?」
 まだ幼さを残す顔をした青年が話し掛けてきた。
 「俺みたいに細いやつがこんな所に混ざっているなんて聖剣の勇者とか特殊なことがなければありえないだろうが。」
 皆、それなりにがっしりした体付きで毎日鍛えているっぽい連中ばかりだ。
 「なるほど。そう言われれば細いな。」
 納得されてしまった。ちょっとショック。
 「聖剣は持ってきていないのですか?」
 違う方から声を掛けられた。
 「部屋に置いてきた。あれを使うと訓練にならないからな。」
 セケルステインを使えば一流の剣士とやっても勝てるだろう。そんなんじゃ訓練にならない。
 「御付の巫女はシルビア様ですよね。理想の女性なんですよ。羨ましいですね。」
 理想の女性?
 「まぁ、見た目はな・・・。」
 そう、見た目だけは理想的な女性だろう。中身はどうだろう・・・?
 「そこ! 聖剣の勇者が珍しいのは分かるが、私語は慎め。ランニングに行くぞ。」
 モートのおっちゃんが注意してきた。
 ランニング?
 「どのくらい走るんだ?」
 2kmも走れば倒れるぞ。
 「5キロくらいかな。」
 ぐは! 朝っぱらからそんなに走るのかよ。いや、キロって言うのがkmとは限らないな。この世界での単位だからな。
 「1キロってどのくらいの長さだ?」
 青年が「はぁ?」とか言って訊き返して来る。
 「俺ってこの世界の出身じゃないのよ。別世界から来たおかげでこの世界の常識があまりないの。」
 青年がなるほどとか言いそうな顔で納得してくれる。
 「1メートルがこのくらいで、この千倍が1キロメートルだ。」
 1キロとは1kmでよかったらしい。長さも同じっぽい。
 「サボっていいか?」
 嫌そうな顔をしながら訊いてみた。
 「ダメだろ? 女の子も走るんだから。」
 ああ、4分の1は女だったな。タフですな。そんなこんな言っている内に皆が走り出してしまった。
 走るか。
 とりあえず、軽く準備運動して最後尾で走り始める。時速10kmで走ったとして30分も走るのか。今までの人生でこんなに長い距離を走ったことはないぞ。
 「ランニングの後、まだ訓練は続くのか?」
 当然だろ? と言いたそうな顔をしてくるやつ。
 「ランニングが終わったら軽く準備体操して、素振りをやってから少し打ち合いをしたら朝飯かな。」
 朝からハードだな。
 「マジでサボっていいか?」
 ランニングの途中で倒れるぞ。
 「ダメだろ。仮にも聖剣の勇者なんだから。」
 俺は決して熱血ではないぞ。
 「気合入れて行こう。」
 こいつら、やる気だな。


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