メイドちゃんの案内した部屋にはこのフェスレド国王のおっちゃんと他に宰相のハゲと、赤マントに銀の鎧と言う騎士の格好をしたおっさんなど、数人がいた。
「勇者殿、シルビア殿。よくぞ来てくれた。」
国王のおっちゃんが出迎えてくれる。
国王の名前はアズカ・フェスレドって言う名前だそうだ。国王なだけにちゃんと名字がある。
いいものを食べているせいか、血色のいい肌と禿げ上がって脂の浮いた額をしている。運動しているのか、スタイルはそれほど太くない。衣装は派手だ。
「どう言った御用でしょうか?」
シルビアが丁寧に尋ねる。シロは俺の肩に乗っている。
「それについてはゾードから説明してもらおう。」
騎士の格好をしたおっさんが「はっ」と短く返事をする。
「王宮騎士団団長を任されております、ゾードでございます。」
丁寧に頭を下げて挨拶をしてくる。
「聖剣の勇者カズヤと巫女のシルビアにございます。」
シルビアがそれに返して挨拶をする。
「さっそく、本題に入らせていただきます。」
騎士団長ゾードが話し始める。
「お二人はバーサークパンサーについてご存知ですかな?」
どっかで聞いたような気がするな。
「最近、近隣の村々を荒らしまわっているモンスターでしょ? 」
俺の頭の上からシロが答える。それに部屋の一同がギョッとした顔をする。なかなか楽しいな。
「ゆ、勇者殿、その猫は?」
普通の反応だよな。俺とシルビアの世話をしてくれているメイドちゃんは勇者のペットってことであっさり受け入れたけど。
「シロだ。見ての通りちょっと変わった猫だ。気にするほど変わっていないと思うのだがな。」
しゃべったり、魔法が使えたり、尻尾が3本あったりするけどな。
「ちょっとですか・・・。」
騎士団長のおっさんの顔が少し引きつっているな。
「んで、そのモンスターがどうしたんだ?」
無理やり話を戻してやる。
「は!」
それに騎士団長だけが意識と取り戻す。
「先日、我々王宮騎士団はバーサークパンサー討伐を決め、まもなく準備が整うのです。」
ついてこいとか?
「聖剣の勇者と巫女と言う所を見込んで、ぜひともお二人にこの討伐隊に加わっていただきたいのでございます。」
そう来るのか。
「シルビア、どうする?」
シルビアの肩を抱き寄せて部屋の隅に連れて行く。
「どうするって、引き受けないとダメでしょ。」
ダメか。
「バーサークパンサーなんてこの前ぶっ殺したトリフェイスライオンよりちょっとばかし厄介だけど、私がいるから全く問題ないわよ。」
そのトリフェイスライオンはほとんど俺が1人で倒したようなものだったからな。
「ただ単に面倒臭いなぁってだけの話だったんだけどな。しょうがないか。」
点数稼ぎにもなるしな。
「組織活動は全くのド素人ですから、勝手にやらせていただけるのなら引き受けましょう。」
騎士団長のおっさんに答えてやる。
「それで構いません。」
と、言うことでバーサークパンサー討伐隊に加わることになるのであった。
「チラッと小耳に挟んだ噂で、勇者殿は剣術について全くの素人だと聞いたのですが、本当なのですか?」
げ。もうそんな噂がこんな上層部まで届いている。
「それはもう聖剣がないと素人以下ですよ。」
シルビアがさらっと笑顔で噂を肯定する。
「他に特殊な技能があるとか?」
宰相のハゲのこと、チョランが話に加わってくる。
「私が見た所、特殊なことと言えば異世界の生まれであると言う所だけかしら。」
それだけって言うのもヤダな。
「異世界ですか。異世界出身の勇者と言うのは聞いたことがありませんな。」
騎士団長が言う。そうなのか?
「何か特別な意味があるのかもしれませんが、何も特技がないと言うのは少し心配ですわ。」
そう言いながらシルビアがいかにも心配そうな顔をする。猫かぶりモードのシルビアだからそれが本心なのかは疑わしい所だが、この話題だけは本当に心配なのかもしれない。
「しょーがねぇだろうが。俺は夜中に女が1人で路地裏を歩けるくらい安全な国に住んでいたんだからな。」
そんな平和ボケした所で育った若者に戦闘能力を期待しちゃいかんぞ。
「そんな所があるのですか。」
シルビアを含めたほとんどが驚いた顔をしている。ほとんどと言うのは表情の分かり難いやつが数人いるからだ。
「あるんじゃ。うちの国では銃や刀を持ち歩いていると法律違反で捕まるんだからな。」
たまに堂々と持ち歩いているやつらがいるけど、あれはかなり特殊なやつらだ。
「ほう。武器を持たずに出歩くのですか。万が一の時はどうやって身を守っているのです?」
身を守るか。
「その時は周りの人に助けを求めるのが普通だ。しかし、今は事なかれ主義で面倒ごとに関わろうとしない連中がほとんどだからな。火事だぁって叫ぶ。」
マジな話。
「火事ですか。」
その通りだ。
「ただ『助けて』と言ってもダメだが、『火事だ』だと野次馬で飛んでくる連中が結構いる。まぁ、それでもダメな時はダメで、そう言う時のために護身用に格闘術を少し習っている連中もいることはいる。俺は違うけど。」
そう言うことはまるっきりしていないぞ。
「剣術も、格闘術も、魔法も全然使えないの?」
シルビアの笑顔が引きつっている。
「聖剣がなければ護身もままならないって言うのは事実だな。う〜ん、鍛えねばな。」
これはマジでな。
「ま、聖剣があれば大体のことに対処できるから、ご心配なく。」
全部じゃなくて、大体な。物理的に剣で叩けないのには対処できない。
ご心配なくっとか言ってみたがシルビアを始めとする大部分が、こんなのが本当に勇者なのか、と言いたそうな顔をしている。
「それで、討伐隊の出発はいつなんだ?」
話を変えよう。
「それは明日の早朝だが、本当に大丈夫なのか?」
騎士団長のおっさんが思い切り不安そうな顔をしている。
「今回の討伐で俺たちはおまけだろうが。騎士団の手柄を横取りしたらいけないから俺は劣勢になるまで後ろで補給係か医療係でもしているぞ。」
俺たち聖剣の勇者の存在が公になると困るからな。
「それと、俺がバーサークパンサーを倒してしまっても手柄は騎士団のものにしておいてくださいよ。こんなヘボヘボの勇者の存在なんてまだ公にしない方がいいからね。」
ヘボヘボ勇者の自覚のある俺。
「それは構いませんが。」
何か問題でもあるのか?
「よし、シルビア。俺たちが聖剣の勇者と巫女だってばれないように補給係か医療係の衣装で出ようじゃないか。」
いい考えだ。
「シルビアに看護婦の格好をさせましょう。」
ぼそっと騎士団長の耳元に囁いてやる。
「そんな特別な衣装なんてないぞ。補給係も医療係も一般兵から出す後方支援部隊だ。」
何?
「この世界にはナース服って言う物はないのか?!」
ショックだ!
「ナースフクって?」
シルビアが首をかしげる。
「カズヤの世界で看護婦の着る白いユニフォームのことだね。」
今はピンクが主流だがな。
「この世界にはそんなものないけどさ。」
シロが夢をぶち壊してくれる。シルビアのナース姿は見れないのか。がっかりだ。
ユニフォームと言えば海の浜辺で水着姿と言うのもダメなんだな。この世界の陸地は空中に浮いているものだから海はない。湖でできるかもしれないけど、遠くまで続く水平線をバックにシルビアの水着姿を眺めると言うのも無理なのか。
この世界でコスプレはファンタジーもの限定だな。色々と見てみたいものがあったのに。
「しょうがねぇなぁ。諦めるか。」
いざとなれば自分で作って着せよう。
「明日の朝、出発って言うのなら兵士の衣装を借りてもいいかな?」
明日もまた早起きしなければならないのか。
「用意しておきましょう。勇者殿はそれでいいとして、シルビア殿はいかがいたしますかな?」
シルビアはどう見ても不恰好な兵士の格好をして槍を持つタイプの顔じゃないよな。
「ここの宮廷魔術師には決まった衣装はないようですから、このままでも問題ないのではありませんか?」
下着とかは普通にその辺で安売りしているようなやつだが、その上に来ているローブは何やら特別製らしい。
「では、勇者殿の衣装だけ用意いたしましょう。ジークン、手配を。」
騎士団長のおっさんの後ろに控えていた同じ様な格好の男が「はっ」と短く返事をして退室する。
「では、私も明日の準備がありますので、これで失礼いたします。」
続いて騎士団長のおっさんも退室する。
「んじゃ、用事が済んだみたいだから俺らも帰ろう。」
国王に向かって「じゃ」とか何の敬意もない挨拶をして退室する。