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2004.6.27


第8話 会食(7)



 「皆に紹介しよう。こちらが本日の主賓、エル・ハウンディーア博士だ。」
 博士? そんな呼称で呼ばれたのは初めてだな。フィネルソスがステージの上で皆に俺を紹介すると拍手が返ってくる。するとフィネルソスがマイクの前から退き、俺の背中を押してマイクの前に立たせる。
 「皆に何か言ってやりたまえ。」
 おい。
 こんな所で挨拶なんて俺は場違いだぞ。
 「あー、えっと。俺がエル・ハウンディーアだ。」
 他に何を言えと言うのだ?
 「少し君に魔法を披露していただきたいな。病院でやっているような回復魔法を。」
 フィネルソスがステージ横にいる燕尾服の男に合図を送ると、全身包帯に巻かれたやつが車椅子に乗せられてつれてこられる。包帯のせいで性別が分からん。人工呼吸器がついてて、かなりの重傷のようだな。
 「仕事中に重傷を負い、普通に治療してはもう仕事ができるほどに回復しないのだそうだ。治してくれるかな?」
 あぁ・・・。人にちやほやされるのは好きだが、こき使われるのは嫌いだぞ。こんな世界を牛耳る二大組織のトップと一緒に会食ができる連中の前で披露したら大変なことにならないか?
 「1枚1万Cだからね。先に言っておくけど、病院でもこの値段で治療してやっているんだから払えよ。」
 全身包帯で普通に治療しても仕事に復帰できるほど回復しない傷となると20枚くらいかな? 手持ちの魔法カードじゃ足りないな。
 「そこの君。」
 近場にいた初老のいかにも金持ちそうなおっさんを呼ぶ。身なりからして会食のスタッフじゃなくてゲストの1人だろう。
 「大至急、これを50枚ほどコピーしてきて。」
 治療護符の魔法カードを渡されたおっさんがどうしたらいいのか戸惑っている。
 「さっさとコピーして来いや。話が進まねぇだろうが。ここにいる雷鷲総帥や向こうにいる黒馬総帥を待たせていいのか? おい。」
 ステージの端にしゃがんで魔法カードを渡したおっさんを睨みつけてやる。
 俺の睨みに怯んだのか、2人の総帥って言うのにあせったのか、小走りでおっさんが去っていく。
 「少々、お待ちを。魔法に使う道具を取りに行かせましたから。」
 にへらと笑顔を作って絶句しちゃっている会場の皆に言ってやる。それと一緒に絶句してしまっているセラの隣でクロウが笑いをかみ殺しているのが見える。なんかやばい人だったのか?

 しばらくして紙の束を持ったおっさんが帰ってくる。
 「ご苦労。」
 それだけ行っておっさんから髪の束を受け取る。綺麗にコピーされているな。後でこのおっさんが誰なのかセラかクロウに聞いておかねば。
 「大変長らくお待たせいたしました。これよりエル・ハンディーア様による大マジックショーをご覧にいれましょう。」
 近場にいた兄ちゃんを2人ほどステージの上に呼びつける。また金持ちそうななりをしてんなぁ。どっかの御曹司か?
 「その包帯を全部取って。」
 おっさんにコピーさせた紙の束を団扇にして顔を仰ぎながら見下すような目付きで命令してやる。2人とも俺の態度にカチンと来たのかこっちを睨んでくるが、言われた通りに包帯を解き始める。
 まずは左手が現れた。指先まで重度の火傷でただれてしまっている。さらに弾痕が丸く残っている。その腕に会場の連中がざわめき始める。
 もう片方の手は比較的綺麗だな。さっきの左手で防御したみたいだな。それでも軽度の火傷を負っているのか、何か軟膏が塗ってある様子だ。
 左手が痛々しくて気持ち悪いからさっさと治してしまおう。
 赤くただれた左腕にさっきコピーしてきてもらった治療護符の魔法カードを当てる。
 「治療護符。」
 腕に貼られた魔法カードが燃え尽きると同時に火傷にただれた左腕が光を放つ。指先から光が消えていき、光の消えた場所は綺麗な肌に戻っていた。
 この光景に会場の一同が飲む。
 光が完全に消えると、綺麗な左腕が現れた。なんか綺麗な手で女の手みたいだな。
 両腕の包帯が外され、次は足だ。なんかギブスで固めてあるな。
 「足は後でいいから頭を出して。」
 手でこれを外すのは面倒なんだよな。近場にいた男にギブスを外すカッターを取りに行かせる。
 頭と顔を覆っていた包帯が外される。凄い火傷。誰だかわかんねぇじゃん。髪の毛なんかねぇじゃん。
 「ちょっと患者のプライバシーがあるから、こっちに立ってガードしてくれるか? そのくらいはできるほど紳士だろう?」
 俺とにぃちゃんの2人で観客から視界を遮る。なんか、これが誰なのか嫌な予感がするんだよな。
 「治療護符。」
 頭に貼り付けた魔法カードが燃え尽きると同時に火傷にただれた頭と顔が光を放つ。元の形を失った耳が綺麗に再生し、重度の火傷が消えていく。しかし、完全に火傷が消える前に光が消えてしまいそうだ。もう1枚。
 2枚の魔法カードを使って頭と顔が元通りになる。
 「オグちゃん・・・。」
 治療護符で元の髪型に戻るほど髪まで再生しないが、水色の髪とこの顔立ちは見覚えがある。
 「あの野郎!」
 シャイリースの野郎! オグちゃんにこんなケガをさせるなんて何してやがったんだ!
 体の包帯を外すとこんな所で治療できるほどの傷ではないことが分かったのでショーはここで終了した。外科手術のできる医者を呼んで裏で治療する。


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