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2004.4.7


第4話・フェスレドへ(12)




 「なんか、気持ちわる・・・。」
 ぼーっと空を眺めていたらシルビアの隣にいるニーナが気分の悪そうな声を上げる。
 「車酔いか? 昨日は全くそんなことはなかったのになぁ。朝飯が十分じゃなかったか?」
 朝飯を抜いて車に乗るとマジで車酔いするからな。朝飯は抜くべきじゃないよな。
 「なんか、ちが・・・。」
 ニーナが胸を押さえてぶっ倒れる。
 「うお! ニーナ!」
 「ぐぅ! げは!」
 ニーナが胸を押さえて苦しみだす。さらに咳き込むと口から血が噴出す。
 「命の精霊よ。私の呼びかけに応え、慈悲の元、この者の体を癒し、救いたまえ!」
 その苦しむニーナにシルビアが魔法を使う。回復魔法のようだな。シルビアの手に灯った淡い光がニーナに染み込んでいく。その光が染み込んでいくにつれてニーナが落ち着いてくる。
 「ちょっとどこかで寝かせた方がいいか。」
 荷車を止めてもらおうと荷車の手綱を引くおっさんに声をかけようとして立ち上がると他のおっさんたちも血を吐いて苦しんでいた。
 「いやぁ、くるし・・・。助けてぇ・・・。」
 シルビアの回復魔法に落ち着くかと思われたニーナが再び苦しみだす。再び咳き込んで血を吐く。
 「なんで! 私の魔法が効かねぇんだよ!」
 シルビアの口調が元に戻ってる。さすがにこの状況で演技はできないか? シルビアが再びニーナに魔法を使う。しかし、ほとんど効果はない。
 「カズヤ! 剣を使え!」
 シルビアが必死な声で叫ぶ。
 「剣!? これか?」
 これは全ての災いを滅ぼすと言う聖剣。
 「その剣で皆を助けろ!」
 はぁ!?
 「どうやって?!」
 剣と言うのは基本的に武器であって、人を傷つけることはしても傷を癒すことはできないと思うのだが。
 「バカ! 役立たず!」
 シルビアが精神を集中させ、少し眺めの呪文を唱える。いや、唱えているらしい。口は動いていても音が聞こえない。しばらくしてシルビアの体が淡く青い光に包まれていく。
 「効いて!」
 シルビアがニーナに触れるとニーナも光に包まれる。さっきより上位の回復魔法って感じだな。
 「・・・。」
 光が消え、ニーナの様子が少し落ち着いてくる。
 「がはぁ!」
 しかし、ニーナが再び血を吐き出す。もうニーナの顔が真っ青になっている。
 「なぜだ!」
 シルビアが何度もニーナに魔法をかけるが、そのかいなく次第に弱っていく。俺はそれをただ見ているだけしかできなくて。悔しくて。
 「く! 力が・・・!」
 シルビアから発せられる光が急に弱くなった。魔法力が尽きてきたと言うのか。
 「死にたく・・・ないよぉ・・・。」
 ニーナがシルビアに抱かれながら気を失う。
 「ダメ! 起きて!」
 ニーナの体からぐったりと力が抜け、生気が感じられなくなる。
 「ニーナ・・・。」
 すでに周りのおっさんたちも動かなくなっていた。
 「・・・。」
 その中ででかいおっさんとけばいねぇちゃんの2人が平然とした態度で俺たちを見ていた。
 ・・・。
 「お前らは飲まなかったのか。」
 レイシアが俺たちに向かって言う。その目は冷ややかだ。
 「そっちの娘の魔法力も尽きた様だね。死んでもらうよ。」
 え?
 「お前らの仕業か! あんなへんぴな町でお前らみたいなやつらが仲間に入るなんておかしいと思っていたんだよ!」
 ベタベタな展開じゃねぇかよ! しかも思い切り最悪のパターン!
 「まさかセケルステインを持った小僧がこれの護衛をしているとは思ってもみなかったけど、その細腕じゃゴンザレスの相手はできないでしょうね。その子と一緒に死になさい!」
 ゴンザレスが剣を抜いてこっちに突っ込んでくる。
 「け! 聖剣の勇者様を舐めんな!」
 ゴンザレスの振り下ろした剣にこっちからも切りつけてやる。俺の剣がでかい剣を切り裂く。ゴンザレスの動きも飛んでくる弾丸や矢と同じくゆっくりに見えた。
 「ぬぅ!」
 剣を切り裂いた所でゴンザレスが体をそらして俺の斬撃を避け、大きく間合いを空ける。
 「さすがは聖剣だな。」
 こいつらばっかりは絶対に殺す! 人殺しはしないなんてキレイ事を言っている場合じゃねぇ!
 「紅蓮の業火よ! 愚かな痴れ者供を焼き払え!」
 ゴンザレスが下がった所にレイシアが火炎の魔法を放つ。
 「げ!」
 あれはさすがに剣1本で防げない。俺1人なら何とかなるかもしれないが、後ろにシルビアとニーナがいる。
 「シルビア!」
 シルビアを振り返ると防げないと首を思い切り横に振る。
 「なにぃ!」
 とっさにシルビアを抱いて荷台から飛び降りる。地面まで4m。しかも結構なスピードで走っている。そんなことは気にしてられない。シルビアを上にして仰向けに落ちる。
 「ぐえ!」
 死ぬ。
 「輝く氷の刃よ! 我に反逆せし愚者を切り裂け!」
 レイシアが続けて無数の氷の刃を放ってくる。
 「ええい!」
 氷の刃が1つ1つ鋭い剣のようだ。しかし、弾丸や矢のようにゆっくり飛んでくる。俺たちに当たりそうな氷の刃を背中の痛みを堪えて叩き落す。
 「ぐぅ・・・。」
 剣を振り回して背中が痛む。しばらく動けないな。ここで剣で防げない魔法なんて使われたらマジで避けきれずにヤバイ。
 「空間の歪に遊びし精霊達よ! 我らをこの地より運び去れ!」
 シルビアが突然、呪文を唱える。次の瞬間、周りの風景が一変する。
 「なに?」
 殺風景な荒野に横たわっていた。
 「今のお前じゃ、あいつらに勝てないみたいだから逃げたの。」
 え?
 「わりぃ。魔法力が空だ。私が寝入ってもいたずらしないでよ・・・ね・・・。」
 シルビアがそう言ってくたぁっと気を失ってしまう。
 「あ。」
 ここどこ?
 見渡す限りの荒野だ。


 ああ、ニーナたちはそのままだし、最初の町で買い込んだ荷物は荷車に置いて来てしまったぜ。財布はシルビアが肌に離さず持っているから大丈夫だったが、他の荷物が。
 あれだけ買い込んだのに使ったのは水筒、毛布、乾パンだけかよ。
 俺の持ってきた荷物も置いてきてしまったな。ああ、せっかく日記を書いたのに。あの教科書とかケータイも高かったのになぁ。まぁ、今は持っていても意味ない物ばかりだったけど。
 そんなことよりニーナたちの敵が討てなかったのが悔しい。
 「あいつら、次に会ったら絶対に殺す!」
 人をこれほど憎んだことはいまだかつてなかっただろう。それにこれだけ強い思いと言うのをいだいたこともなかったのではないかと思う。
 「クソ!」
 現在、シルビアを背負って移動中。さすがに荒野の真ん中でボーっとしているわけにはいかないから、近場の岩場に向って歩いている。なんかかなり遠いな。
 シルビアの体重は意外と軽かった。ダイエットでもしていたのだろう。あの荷物を詰め込んだ俺のリュックより軽いと言うのはどうだろう? ろくな物を食べてなかったのかもしれないな。いや、俺と出会ってからは結構いい物を食べていたよな。
 単に太らない体質か?
 そんなことよりあいつらよ。レイシアとゴンザレス。けばいねぇちゃんじゃなくて、けばいばばぁとでかいおっさん。絶対に忘れない。
 まぁ、さすがにあそこまで特徴があると忘れるのも難しいが。
 ああ、ニーナ・・・。シルビアに遠慮せず、一発やっておけばよかったか? 思い出に1回くらいは。あんまり嫌がっていなかったみたいだし。
 何が全ての災いを滅ぼす聖剣だよ。何が勇者だ。何も守れないじゃねぇか。
 「クソ!」
 えーい! 胸糞悪い!
 気合を入れて鍛錬をせねば。


 岩陰について休憩。シルビアはまだ目覚める様子はない。
 「ハラヘッタな。」
 もう日は天頂を過ぎて西に傾いている。この世界でも太陽は東から昇って西に沈むのだろうか。朝は地平線から上がってきて、夕方には地平線の向こうに沈むと言うのは地球と同じだ。この世界も惑星として自転しているんだろうな。
 「飯、どうしようかな。」
 見渡す限りの荒野。何にもない。
 「さっきまで後1日でフェスレドって所にいたんだぞ。全くあいつらのせいでこんなことに。絶対に許さん!」
 シルビアの占いだと10日後にフェスレドに着くとか言っていたよな。しかも絶対に当たると断言していたし。
 「10日もこの荒野をさまようのか・・・。」
 あの2人、絶対に許せねぇよ。
 「ハラヘッタ・・・。」
 モンスターとかいねぇかな〜。
 シルビアが目を覚まさないまま日が沈む。


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